ニセモノの白い椿【完結】
季節は、刻一刻と冬が近づき、頬に触れる風も優しくない。
思わず首に巻いたストールに顔を埋める。
表参道の街路樹は、秋が深まれば深まるほどに、その雰囲気をお洒落なものにして。
とんでもなく素敵な光景を目の前に繰り広げている。
仕方ない、街はクリスマスに向けてまっしぐらだ。
週末、金曜日だからだろうか。行き交う人も、どうしてだかカップルばかりが目に付くし。聞こうとしなくても、会話が耳に届く。
「寒くなったねー」
「おまえの手、冷たい。ほら、手つなご」
「うん」
カップルにとっては寒ささえも恋を手助けするアイテムらしい。
独り身には体の芯まで沁みるというのに。
日が暮れるのも早くなった歩道の真ん中で、ふと立ち止まる。
足もとにぱらつく落ち葉を見つめて、つい笑ってしまう。
人の幸せを、微笑ましく見られるようになった。
さっきのカップルも、笑い合って、時には喧嘩したりもして、温かい関係を築いていくんだろう。
そんなことを思う自分が、なんだか可笑しい。
でも、そんな風に思えるようになったのは、きっと、木村と会えたからだ。
本当に想い合う温もりを私も知ったから。
知らなかったときは、知らないからこそやっかんだり、自分にはないものを持っている人たちが羨ましかったりした。
でも、もう私は知っている。
今度は、空を見上げた。
この空のどこかで、木村は笑っているだろうか。
木村が銀行を辞めたと聞いてから、一か月ほどが経った。
また、”モテたら困るから”なんて言って、黒縁眼鏡をして淡々と仕事をしているのだろうか。
それとも、誰かと――。
おっとっと。ここは感傷的になるところじゃない。
いい思い出に浸っているところなんだから。
そうだ、いい思い出に浸って――。
何故か口元が歪みそうになって、慌てて前を見た。
こんな場所で突っ立っている場合じゃない。
私の家に、帰ろう。
再び歩き出すとすぐに、あのバーの立て看板が視界に入った。
でもすぐにそこから視線を逸らし、駅へと急ぐ。
表参道駅、地下へと繋ぐ階段の入口が見えて来た時だった。
たくさんの人がそこへと入り、そこから出て来る。
その人の波の向こうに、ただ一人知っている人がいた。
入り口脇のガードレールに身体を預けて立つその人が、ゆっくりとこちらに視線を向ける。