ニセモノの白い椿【完結】


どうして――。

突然のことに、足が動かなくなる。
人波の邪魔になる私を、周囲の人が避けて通って行った。

私の存在を認識して、一歩一歩私に近付いて来る。

無造作なようでありながらきちんとした髪形は、以前より少し短くなっている。
黒縁眼鏡はしていない。そのスマートな体形を引き立てるみたいな清潔感あるスーツ姿、まさにそれは――。

「椿」

私の真正面に立つ。
いい思い出の人、その張本人を前にして思い知る。
まだ、全然思い出なんかじゃない。

一瞬にして、いろんな場面、一つ一つが鮮明に蘇って来る。

顔の筋肉が激しく強張るのが分かる。

「こんなところで、何してるの……?」

かろうじてそう問いかけた。

目の前にいるのは確かに木村で。こうして久しぶりに至近距離に感じるだけで心が震える。
木村とこんな風に向き合うのは二か月ぶりだからか。
その前髪からのぞく綺麗な目が私の目を捕らえれば、金縛りにあったみたいに身体が固まる。

「椿を待ってた」

あの頃のままの木村の声。

「椿を取り戻しに来たんだ」

戸惑う私に、木村がただ真っ直ぐにまなざしを向けて来た。

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