ニセモノの白い椿【完結】
「何、言ってるの? 私たちは、もう――」
「俺は、別れることを承諾したつもりはない」
私の乾いた声を木村が遮る。
唖然として木村を見上げる。でも、そこには少しの揺らぎもない真っ直ぐな視線があるだけだった。
「でも、椿から別れを切り出されたあの日、ただ椿を引き留めるだけではだめだと思った。今度こそ、本当に椿を手に入れるためには、ただの一人の男として、あなたの前に現れるべきだと思った」
それって、まさかーー。
鼓動が激しくなる。
「俺はもう、父親が頭取をしている銀行の行員でもない。ただの、一会社員だ」
私のために、銀行を辞めたということ?
なぜ、そんな重大な決断を私なんかのために――。
ことの重大性に、ただ混乱する。
「そんな理由で、あなたのお父様は納得してるの?」
「俺は覚悟を決めたと言っただろ。最初から俺には、椿を選ぶ以外の選択肢はなかった。父親にはすべて俺の思っていることを話したよ」
私は、木村の手を離すための覚悟をして来た。
そうやって、木村のそばにいた。
「何の目的もなくただ流されるままに銀行員になった。でも、椿と出会って、椿といるためにどうするべきか、そう考えることで自分の人生を初めて見つめ直した。
俺は自分の足で歩きたい、そして自分の手で椿を守りたいと言ったよ。
それを知ったうえで、父親は、俺の退職届を受理したんだ。俺の意思を受け入れたということだ」
木村の眼差しが、ただ一心に私に向けられる。
「でも、私がバツイチだってことは変わらない。あなたに私はふさわしくない――」
お父様の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
私だって同じ。そう思って来た。
「俺も、あなたを手に入れることで辛い目に遭わせるくらいなら、気持ちを押し殺した方がいいと思っていたことがあったから分かる。でも。その考えは、やっぱり間違っているんだ」
深く低い声で、私に言った。