ニセモノの白い椿【完結】

恐ろしく長く感じたキス。ようやく唇が離れた、それと同時に、声を抑え気味に張り上げた。

「ちょ、ちょっと、何考えてんの? 私、『はい』って言ったよね?」

「うん。だから、抱き上げて立ち去ってない」

しれっとそんなことを言う木村に、抑えていた声も大きくなる。

「いい加減にしてよ。ここ、歩道ですけど! 高校生のバカップルじゃないんだから! それに、こんなとこ、支店の人がいつ通るとも限らない」

信じられない。本当に、信じられない。
顔から火が出そう。
急に素に戻ったからか、先ほどまでは周囲のことなんて完全にシャットアウトされていたのに、視覚も聴覚も突然外界と繋がり始める。

「まあまあ、こんなことするのも人生で一度だけだから。今日だけは、許してもらおう。それに、銀行の奴らには見られたって構わないよ。椿は俺のものだって分からせられるし」

「は、はぁ……? 人の気も知らないで、勝手なこと――っ」

人の視線も起こりうる状況も、何も気にも留めていないこの男に、ただ唇を噛みしめることしか出来ない。そんな私の手首を、木村が引き寄せた。

「こ、今度は、何……?」

ぎょっとして、木村を見る。

「あともう一つ。あなたに変な虫が寄り付かないように」

素早く私の左薬指に何かがはめられる。

「……これ」

まじまじと自分指を見つめる。
一粒のダイヤモンドがキラキラとその存在を主張していた。

「はい、もうはめちゃったね。これで、どれだけ嫌がってももう俺から逃げられないよ。俺のものになった証だ」

意地悪な笑みで私を覗き込んで来る。

「な、何よ、もう……」

こんな歩道の真ん中で女をこんなにも泣かせて一体何を考えているんだか。

怒りたいのか感動したいのか、訳が分からない。
でも、嬉しい。ただただ嬉しい。結局、それが素直な感情。

「もし、私が他の男見つけてたらどうするつもりだったのよ」

だけど、やっぱり、三十路女としては路上でこんな光景を繰り広げてしまった恥ずかしさをどうにも誤魔化したくて、そんな憎まれ口を叩いてしまった。

「バカだね。俺があなたの想いの深さを見破れないわけがないだろう?」

ホント、この人には敵わない――。

ふっと笑う。もう、笑うしかない。

「そうですね。そうですよ! 忘れられるわけないよ。だって――」

もう、ここまで来たら恥を覚悟だ。
行くところまで行ってやる。

「死ぬほど惚れてるんだから!」

木村は、一瞬、魂でも抜かれたような顔をして。でも、次の瞬間その顔をくしゃくしゃにして笑った。

通行人の皆さん、ご迷惑をおかけいたしました。

心の中でそっと謝罪する。

その分、今度は幸せになる努力をします。
何があっても、ただ二人の幸せのために。


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