ニセモノの白い椿【完結】
epilogue
扉をノックする音がした。
「――はい」
「俺。準備出来たって聞いたけど、入っていい?」
陽太――ちょっとまだ言い慣れないが、さすがにもう”木村さん”と呼ぶのは許してもらえない。だから、懸命に努力しているところである。
その陽太の声が扉越しに聞こえて来る。
「どうぞ」
そう答えると、木製の扉が開いた。
「そろそろ親族控室に行けそうか? 俺の母親が、早く椿のドレス姿が見たいなんて言って騒いでる――」
陽太が部屋に入って来る足音から、そちらへと身体を向ける。
「うん、準備出来たよ。だから、もう行ける――って、どうしたの?」
私を瞬きもせずに見るばかりで黙っているから、どうしたのかと陽太をうかがう。
「――これは、まずいな。いや、想像はしていたよ? でも、想像以上。こんなことなら椿の反対を押し切ってでもドレス選びに同行するんだった」
「え? 何の話?」
装飾の一切ない、シンプルなタイトドレスを選んだ。
心のどこかでもう一度ウエディングドレスを着ることに抵抗があった。
でも、『俺との未来を歩き出す椿は、過去にはいない。ここにいる椿が初めて。だから、着よう』と言ってくれて。
それで、一人このシンプルなドレスを選んだのだ。
陽太と一緒に選びに行ったら、もっと華やかなものを選ぼうとしそうな気がして。
「綺麗だ。誰にも見せたくないくらい。このまま、二人で逃亡する?」
「バカ。何言ってるの」
陽太は銀行を辞めて、外資系金融機関で働いている。
仕事は大変そうだけれど、以前より自分自身に後ろめたさがなくなったと言っていた。
私を迎えに来てくれてから半年経ち、この日、ささやかながら結婚式を挙げることになった。
そういうあなただって――。
ちらりと陽太の姿をてっぺんからつま先まで見つめてみる。
フォーマルが怖いほどにお似合いですけど。
どこぞの国の王子かしら。
心の中でぶつぶつを呟いていると、陽太が私の目の前に立った。