ニセモノの白い椿【完結】
「だから、少し危険かもしれない。ちょっとやそっとの思い付きでしていることじゃないのかもしれないね」
ここ何日も、ずっとつけられていたのだ。
気のせいじゃなく、私を見ていた。ずっと……。
思わず身を強張らせる。
「とりあえず、俺と親密そうなふりをしてくれる? 男がいると分かれば、少し向こうも身構えるかもしれない。家にまで、来られたことはある?」
「ううん。多分、それは大丈夫だと思う。今日も、気配を感じて、家に着く前にこのコンビニに引き返して来たから」
「だったら、今日は、家に帰らない方がいい。家を突き止められても困る」
一体、どうすれば――。
頭の中が、混乱する。
「これまでは、多分、家にまではついて来てはいなかったと思うの。いつも、途中で消えていたから。なのに、どうして――」
「ずっと、機会をうかがっていたんじゃないかな」
とりあえず、ホテルにでも泊まろうか。その前に、交番に――?
いい大人なのに、取り乱してしまって全然きちんと判断できない。
「大丈夫だ。もう一人じゃないから」
気付くと自分の腕を自分できつく掴んでいた。その私の腕を、木村が遠慮がちに触れる。その他人の感触で、自分の身がどれだけ強張っているのかを知った。
「ありがと。それに、ごめんね。今日は、突然呼び出して。とりあえず、交番まで、一緒に行ってもらえるかな。一人で、ここを出るのは怖くて」
「もちろんだ」
改めて木村の姿を見ると、職場で見かけたのと同じスーツ姿だった。もしかしたら、電話を掛けた時はまだ仕事をしてたのかもしれない。
息をひそめ自分の腕を強く握り締めながら、コンビニを出る。隣にはぴたりと木村が寄り添っていた。
店内から駐車場に出た途端に、木村の手がぐいっと私の肩を抱き寄せた。
「――少し我慢して。恋人か夫婦か、そう思わせたいから」
小さな声で囁いた。私はただ頷き、そのまま俯く。
私を見ている見知らぬ男に近付く恐怖から、ドキドキと激しくなる鼓動を感じる。一歩一歩駐車場を横切って行く。
その時、電信柱の傍に立っていた男は、すっとそこから立ち去った。
木村に付き添ってもらい、駅前の交番に出向いた。
男につけられていること、今の今まで待ち伏せされていたこと。
そんなことを説明した。
「その男に、心当たりはありますか?」
「いえ。まったく面識はありません」
「そうですか……。分かりました。では、巡回を増やします。特に夜間は、この辺を警戒して見回りますから」
確かに、実際に何かをされたわけじゃない。
この時点において、警察ができるのはそれが精一杯なのだろう。
でも――。そんなことでは、私の不安は何一つ消えない。
女の一人暮らしが、こんなにも怖いことだったなんて。
人生ではじめての一人暮らしが、急に恐怖に満ちたものに変わる。
「……本当に、ありがとう。助かりました」
交番を出て、木村と向かい合う。
東京にいる知り合いは沙都ちゃんだけだった。
そう考えると、木村がいてくれて、本当に良かったと思う。
心から感謝した。
「これから、どうするの?」
「うん。とりあえず、今日のところはどこかホテルに行けばいいかな――」
まだどこかで身を潜めているかもしれない。そう思うと、このまま家には帰る気にはなれなかった。
沙都ちゃんの家に行くという手もあるだろうけれど、やはり突然過ぎる。さすがにそれは躊躇いがあった。
「だったら、俺のマンションに来ればいい」
「――え?」
何を言い出したのかと、思わずその顔を見上げる。でも、そこにあったのは大真面目な顔をした木村だった。