ニセモノの白い椿【完結】
episode3 男女の友情は成立させるもの
一度訪れたことのある部屋。ここにもう一度来ることになるなんて、思いもしなかった。
気付いた時には逃げるように部屋を出たから、このマンションの詳細についてはほとんど記憶がなかった。
覚えていることと言えば、モデルルームのような部屋だった、ということくらいだった。
「何も遠慮することないから。くつろいで」
玄関から、おそるそる廊下へと足を踏み入れる。
前を歩く木村の後を、意味もなく摺り足で歩いた。
明かりを点けたリビングダイニングは15畳くらいはあるだろうか。
ソファとテレビとローテーブル、そしてダイニングテーブル、必要最小限の家具しか置かれていなかったから、モデルルームのようだと感じたのだ。
対面式のオープンキッチンも、使用した形跡のまるでないぴかぴかのもの。
リビング隣に引き戸で繋がった部屋にベッドが置かれているのが見える。
思い出すのもの憚られる。あのベッドで、この男と共に寝たのだ。
「とりあえず、そこに座りなよ」
「う、うん。ありがとう」
木村の部屋にいるからか、いつものように何も考えずに喋ることができない。
やはり、どうしても緊張してしまう。
スーツのジャケットを脱ぎ寝室のベッドに置くと、キッチンに向かい冷蔵庫から缶ビールを持ってこちらへと戻って来た。
そして、私が座る二人掛けソファの斜め隣にあるオットマンに腰掛けると、その缶ビールを差し出して来た。
「あなたも、今日は疲れたでしょう? 知らず知らずのうちに緊張で身体も強張っていただろうし。飲むと、少し身体から力が抜けるんじゃないかな。生田さんの肩、さっきからずっと上がりっぱなし」
手渡された缶ビールを素直に受け取る。
「ありがとう。確かに、恐怖で固まってた」
表情を緩めようにも、上手くできない。
それを誤魔化すように、缶ビールのプルタブを引こうとして、ずっと手にしていたままだったコンビニの袋のことを思い出す。
そうだ、夕飯のためにとろろ蕎麦を買ってあった。