Pride one
「じゃあこれ洗い終わったら」

「もう大丈夫、手が空いたから洗い物代わるよ。たくさん手伝ってくれてありがとうね」
 母は優しい笑みを向けて、優月の手からスポンジを取った。

 洗い物を交代して、優月はそのまま風呂場の脱衣所に向かった。洗面台の横には脱衣籠が置かれ、着替えとバスタオルが用意されている。積み重なったそれらの上に、使いきりの入浴剤がひとつ置かれていた。

「懐かしい。これ、俺が昔好きだったやつだ」

 パッケージの袋にはひらがなで、でかでかと『ゆず』と書かれている。その文字の下にある、ポップな柚子のイラストを、月と勘違いして喜んだのは小学校の頃の話だ。父親は今でもそれを覚えているのだろう。帰ってくると聞いて、わざわざ探しに行ったに違いなかった。

 封を切ってさっそく、湯船に入浴剤をひっくり返す。栄養ドリンクのような鮮やかな黄色が沈んで、じわじわと底面に広がり、次第に浮かび上がってくる。

風呂桶で湯をかき回したときに立つ、このさわやかな柑橘の香りが、子供の頃の優月にはとても特別だった。
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