Pride one
「美波ちゃん、今朝は青波荘のお手伝いがあるみたいで、見送りに来れないんだって」
 察した優月の母親が、やんわりと言った。

「そうだったんですか。美波さんにもお礼が言いたかったんですが。一泊でしたが本当にお世話になりました。美波さんにもよろしくお伝えください」
 坂巻は優月の両親に向かって頭を下げた。

 美波が見送りに来なかったことなど、今まで一度もなかった。昨日の今日で、美波自身が来たくないのか、それとも本当に実家の仕事が忙しいのかは分からなかったが、いなければいないで気になった。

 昨晩、「どこか嫁に行け」と怒鳴ったのが、効きすぎるくらい効いたのかもしれない。優月は青波荘に目を遣った。玄関の引き戸は開け放たれているが、人の気配はない。

「後ろの車も、もう出そうだな」
 神長がエンジンをかけた。助手席の優月は、肩の上からシートベルトを引っ張った。

「じゃあね、優月。気をつけてね」
「うん」
 母との別れを惜しむ間もなく車は動き出す。

 窓を閉めようとしたそのとき、どこからか女のものらしき叫び声がした。優月は反射的に青波荘を振り返る。助手席の窓を開け、外に首を出した。

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