三月白書
「せんせー、葉月は笹岡受けるってホントですか?」
さっきわたしの話を聞いて一番笑っていた成田くんが先生に大きな声で聞く。
先生は一瞬わたしを見た。先生も職員室の中でしか話題にしていないはず。
仕方ないと肩をすくめてわたしは頷いた。
「ええ、本当よ。ずいぶん前から決めてた事よね」
「こいつが合格すると思いますかぁ?」
きっと、他の子だったら、ここまでの騒ぎになることはないんだ。わたしだからこう言われちゃう。でも、それは仕方ないと思うことにした。
「成田君、葉月さんをなぜそこまで笑うのかしら? それに受験することは葉月さんの意志だから、先生やみんなが口を出せる話じゃないと思うけどな」
あれから何度も職員室で話をして、成績や受験までのスケジュールを何度もやり取りしてきた。
最初は先生にも不安があったみたいだけど、最近は「このまま頑張れば合格圏に届く」と言ってくれている。
「お姉さんのときと同じね」とも言われた。やっぱり3年前に、笹岡学園の受験を発表したお姉ちゃん。その時と同じだという。
「葉月さんをこれまでと同じと思っていたら違うからね」
先生から、過去問題などの解き方を教わるようになってテストの点数も上がってきたからだと思う。これまでわたしのテストの点数なんて誰も気にしていなかったから、それをみんなの前で言ってしまうということ。先生も自信が着いているんだ。
ちらっと周りを見回すと、同じような受験組の顔が少しこわばったのが分かった。
目立つこともなかったわたしが、笹岡の合格が見えるような位置まで上がってきている。そのものズバリとは言わないけれど、先生はわたしの成績についてそこまで言及した。
「じゃぁ、葉月がうかったら何でも言うこと聞いてやるよ。そのかわり落ちたらなんかしてもらおうぜ」
「成田君!」
先生の顔色が変わる。やんわりと牽制したつもりだったのが、別の方向に向かい始めているから。
「参加者全員にハンバーガーおごるとか?」
「さんせー」
隣で伸吾くんが顔を真っ赤にして怒っている。もう、これは悪ふざけというものを通り越しているから。
「あなたたちねぇ……」
先生の声色も自然と厳しいものになっている。
こんなことを許すわけにはいかないからだと思う。
先生も知らない間に教室のなかの雰囲気というものは、日常的ないじめが起こりやすいものになってきていた。それはわたしをはじめとして、いつも怯えている何人かの子達と同じ。
「葉月……」
「だいじょうぶ……」
もう、こんな思いをするのはわたしだけで十分!
「先生、いいんです」
立ち上がったわたしは、下を向いたまま、声を絞り出した。
「葉月……無理すんなよ」
伸吾くん、分かってる。本当は泣きたいくらい。でも、これ以上は言わせない!
「分かりました。落ちたときには何とでも言ってください。それまではもうなにも言わないで!」
「葉月、おまえ……」
言いきったときには、正直体が震えていたし、顔色だって悪かったと思う。
でも、許されるような話じゃないことは何度も道徳の授業でも聞かされていることなのに、逆に身近なことになると、当事者になっちゃうんだ。それを分からせるためには、わたしが立ち上がるしかない。
普段、こうして反論することがないわたしの意外な行動に、言い出した彼らも、先生ですらその後を続けることができなかった。