三月白書
冬休みに入ると、最後の追い込みと言うこともあり、わたしたちが部屋から出てこない時間が長くなった。特に塾などに通っているわけではないので、頑張れるだけやってみることにしていた。
それは年が明けて正月になっても変わらず、帰省などもなくて、黙々とこなす毎日。
「ふ~。少しは息抜きしよっか」
そんな空気の中で、いつも先に音を上げるのは、不思議なことにいつもお姉ちゃんが先だった。
冬休みもあと数日で終わり、その週末には受験がある。受験生にとっては一番緊張する一週間だけど、この時期はもう何かを新しく覚えるのではなくて、忘れないための反復練習と健康維持が大切なんだと先生も連絡をくれた。
「お姉ちゃん、こんなにボリボリ食べていたら太っちゃうよね……」
「うーん、それは大問題だよ」
お茶菓子をかじりつつ夜遅くまでやるし、あまり外にも出ないので仕方ないことかも知れないけれど……。
「よし、散歩に行くことにしよう」
「え?」
突然、お姉ちゃんが参考書を閉じてコートを羽織りはじめたんだ。
「少しは外の空気吸ってきた方がいいって。気が滅入っちゃうよ」
「うん」
晴れているとは言え、1月の外は寒い。体を冷やして風邪なんかひいたら大変だと、いろいろと対策をして二人で外に出る。
風は収まっていて、ひんやりとした空気が寝ぼけた頭をすっきりさせてくれた。
「あ~あ。なんかお正月って気分じゃないね」
「そうだね……。お姉ちゃん友達と遊んだりしないの?」
本当ならば、お姉ちゃんだって友だちと遊ぶ休日があってもいいはずだ。
「だって、みんな帰省しちゃうでしょ? こっちに残っている人って少ないから」
「そっか……」
わたしたちは、どうしても自分の体のことがあるから、なかなか遠くにいくことが出来ない。それに旅先で発作を起こしたりしたら大変だからと、この街を出ることもほとんどない。
無言で近くの児童公園まで歩いていく。お正月と言っても外で遊ぶ小さな子供たちの数は減ってしまったのだろう。
わたしが覚えているだけでも、公園はガランとしていた。
「中学になって、手術できるようになったら……。きっと元気になるね……」
視線を空に向ける。幼い頃から心臓の発作に苦しめられてきたわたしには、思い切り走り回ってみたり、なにも心配せずに遊びに行ったりという、他の人にはごく普通のことが憧れ。
「最近は発作起こしてないよね」
「うん。でもやっぱり不安だよ……。いつまた起きるかわからないもん……。いつもお姉ちゃん泣きそうな顔で介抱してくれるから……」
「真弥がいなくなっちゃったら、私嫌だもん……」
「ごめんね……。いつも心配ばっかりで、一緒に遊ぶなんてできなかったね……。期待はずれだったでしょ……。お姉ちゃんに心配かけることしかできないし……」
「なに言ってるの」
お姉ちゃんがわたしの手をギュッと握る。
「真弥が生まれてきて、嬉しかったなぁ……。一人より二人の方がずっとよかったもん。私が妹が欲しいって言ったんだし?」
「そうなの?」
「真弥だって望んで病気になったわけじゃないんだから。中学になったら、手術して、これまでの分取り戻せばいいんじゃないかな」
「うん。そうだよね」
わたし自身が変わっていくこと。それにはきっと時間もいろいろな決断を重ねていかなくちゃならないんだろうね。
今回の受験がその第一歩だと考えたとき、誰かのためよりも、わたしが変わるために成功させたいなと思う。
「いつまでも泣いてたら、伸吾くんに心配しか残せないから」
「真弥も強くなったねぇ」
実は伸吾くんの引っ越しの話を聞いて一番地ショックを受けたのはお姉ちゃんその方。
だから、中学の3年間のことを考えたときに、外部受験をしたいと言ったわたしに最初に理解してくれたし、卒業まではこれ以上トラブルが起きてほしくないと口ぐせのように言ってくれている。
そうだね。でも、わたしが越えなくちゃならない最初の壁はもう目の前に迫っていた……。