三月白書

 その日、クラスの中はなんとなく落ち着きがなかった。わたしが受けた学校以外にも、この日は私立中学の発表が集中したこともあって、クラスの中からも何人かが職員室に呼ばれていた。

「遅いなぁ?」

 隣の伸吾くんもずっと気にしてくれている。もう結果は出ているはずだし、他の子が呼ばれているってことは、わたしの結果だって先生はもう分かっていてもおかしくないと思うから。

「えぇ? うん……。もう何人か呼ばれてるんだよね……」

 昼休みになっても知らせは来ていなかった。
 それどころか、受験会場で見た同学年の子がすでに何人か呼ばれて結果を聞いているという内容の会話が聞こえてきたくらい。

「あれ? あれ、姉ちゃんじゃないのか?」
「え? どれどれ?」

 伸吾くんに呼ばれてわたしが慌てて外を見たときには、お姉ちゃんらしい人影はもう見えなくなっていた。でも、あのリボンを付けたポニーテールは間違いないと伸吾くんは自信たっぷりに言うの。もしかしてそれを待っていたってことなの?

「いいよぉ~。帰るまでには分かるだろうから……」

 午後の授業が始まる時間になったけれど、今度は先生がなかなか姿を現さない。
 がやがや騒ぎ出すクラスの中で、わたしはいつも通り窓の外をぼんやり眺めていた。

「葉月、約束守れよな?」
「言わなくたって分かってるよ。逃げないから……」
「おまえなぁ……」

 こんな会話をするのは今日何度目だろう……。
 分かっていたけれど、ついため息が出てしまう。良い知らせならもっと早く聞こえてもいいと思う。それがこんなに遅いってことは、やはりダメだったのかな……。

「また3年我慢しなきゃだめかなぁ……」

 独り言をつぶやく。いくつかの小学校が一緒になるから、このままということはないと思うけれど、わたしのことを知っている子は必ずどこかで一緒になってしまうと思う。そう考えるだけで気持ちが落ち込んでしまう。

「はいはい、もう少し静かにしなさい」

 騒ぎの中を先生がようやく姿を現した
 普段ならみんなを座らせてすぐに授業を始めるのに、教壇を素通りして教室の先生の机に荷物を置いた。

「葉月さん、いらっしゃい」

 先生は、手招きをしてわたしを呼んだ。

「あ、葉月の結果発表だ!」

 教室は一気にしんと静まりかえった。

「みんなの前で発表してもいい?」

「えっ?」

 先生の思いがけない一言にどうこたえていいか言葉に詰まる。
 確かにね、良いか悪いかは抜きにしてもあれだけ注目を集めてしまったのは確かだもん。でも、ダメだとしたら他の子と同じように職員室に読んでくれたほうがよかったな……。

 クラス中の視線がわたしたちに向けられていた。

「葉月さん、おめでとう。女子の合格者はあなただけよ」

「えぇーーーー?!」

 わたしの反応よりも、クラスのみんなの反応の方が早かった。

「しかも、ハンデなしの一般合格ですって。本当によく頑張りました。笹岡学園を受験したのは十人。合格したのは、葉月さんを入れて二人だけでした」

 まだ信じられない……。このわたしが……? その場から動けなかった。

「遅くなってごめんなさいね。これが通知書と学校からの書類一式。連絡は午前中にあったんだけど、さっきお姉さんが届けてくれてね。これを待っていたので遅くなっちゃった。心配かけてごめんなさいね」

 嬉しいはずなのに、今はその実感がなくて……。自分の席に帰って、書類一式が入っている笹岡学園の封筒を見ると、見覚えのあるわたしの受験番号と名前が印刷されていた。
 少しずつ実感がわいてきたみたいで、ひざの震えに気が付いたのは隣の伸吾くんの方だった。
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