三月白書

「葉月真弥」

「はぃっ!」

 体育館に声が響く。卒業証書授与はひとりひとり名前を呼ばれて壇上で校長先生から渡される。

「あっ」「えっ?」

 わたしが立ち上がったとき、体育館のところどころから小さなざわめきが湧く。

「笹岡の制服だ……。葉月が……?」

 他のクラスからも顔を見合わせるのが分かる。


 数年前までは卒業式の衣装は自由だったおかげで、女の子たちがこぞって晴れの日の衣装だと派手になっていって問題になってしまった。
 そこで、だれにも平等にという声があがって、進学先の中学校で制服が指定されているところは、それを着用するようになったのだけど……。

 今朝、お家でまだ新しいその制服に袖を通したとき、お姉ちゃんが「このリボンがなかなか決まらないのよねぇ」と直してくれたっけ。

 ほとんどの子が進学する地元の中学は、男女とも紺のブレザータイプで、その集団の中に、私立進学組の制服がちらほら混じる。しかし、わたしと同じ制服を着ている子はいない。

 落ち着いた水色とアイボリーホワイトをそれぞれセーラー服の本体と襟に使う制服は、中学・高校ともに笹岡学園の女子制服として地元でも有名だし、かわいいと人気もあるのだけど、それを自分で着ることを許される子は少ない。

 朝、わたしが登校してきたときにも、その制服は周りからの注目を浴びていた。

 6年生の教室は、初めて中学の制服を着たみんなが興奮している。

「あ、葉月だ」
「初めてこんな近くで見た」
「本物を着てみたいよね」

 伸吾くんと一緒に登校してきたわたしを見て、それぞれ感想が飛ぶ。

 もちろん、他にも私立学校への進学者がいるから、目立つのはわたしだけではないのだけと、あれだけの騒ぎがあったことも手伝っちゃったんだよね……。


 あの受験のあとから、急にわたしに声をかけてくる子が多くなった。それは媚びているとかじゃなくて、前々から気にしてくれてはいたけれど、周囲の声からなかなか声をかけられなかったことを謝る声が多かった。


「葉月がそれを着るなんて、思ってもいなかったなぁ」

 朝、わたしを迎えに来た伸吾くんが開口一番、玄関先で発した感想がそれだった。

「えへへ、一昨日届いたばっかりなんだよ。見せられて良かった」


 普段からわたしが着ている服のイメージがあるので、制服を着てもそれほど大きく印象が変わるわけではないし、お姉ちゃんが教えてくれた服の着こなしのセンスもある。
 一度は嬉しそうにちょっとポーズを取ってみたりしたけれど、すぐに顔は現実を思い出してしまう。

「でも、そのことより……。今日が最後なんだね……」

「そうだね……。葉月、俺がいなくても、もう大丈夫だよな……?」

 卒業式、それは伸吾くんとの別れの日でもあったのだから……。
< 18 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop