三月白書
約束だからね
卒業式が終わって、在校生の作る花道で見送られ学校を出たわたしは、またすぐに校庭に戻って伸吾くんの姿を探した。
小学校の卒業式までと引っ越しを伸ばしていた伸吾くんは、今日を最後にこの街を去ってしまう。他の子たちが行ってしまうのを、わたしは少し離れた校庭のベンチで待っていた。
「葉月さん」
「あ、先生」
保健室の先生に呼ばれて、自然と笑顔になる。いっぱい世話になったこの保健室とも今日でお別れ。この部屋はわたしの逃げ込み場でもあったから、他のみんなとはまた別の感覚がある。
「卒業おめでとう。まさかその服を着ているのがあなただとは思わなかったわ。本当によく頑張ったのね」
「そうですか? わたしだってまだ信じられません」
先生と二人で思わず吹き出さずにはいられなかった。
「先生。この間は迷惑だったですよね。うるさい男子が何人も……」
「あぁ、彼らね。いいでしょう。少しは葉月さんみたいな子たちの現状を知ってもらえれば。この学校は珍しくはないから」
わたしがあの日にお願いしたこととは、月に数回行われる、わたしたちのような病気や障害を抱えた子たちの集会に参加することだった。
クラブ活動の時間に保健室で行われるそれは、ふだん気にせずに生活しているみんなには存在すらしられていない。
でも、この小学校にのなかで特別学級などの情報交換や行事参加のサポートを考えたりと、不安を持った子たちの受け皿になっている時間だ。
「もう、わたしみたいな生徒作らないでくださいね」
「そうね。葉月さんがいたから、先生も勉強になった。今年の卒業生は痛感してるでしょうね。中学に行っても負けないで頑張りなさいよ?」
「はい。それは約束します」
小一時間ぐらいすると、少しずつ卒業生も帰っていって、校庭も静けさを取り戻していった。
「葉月、待っていてくれたんか?」
「うん。どうしても言いたいことがあったから……」
「一緒にかえろっか。いつもみたいに」
「うん」
すっかり静かになった通学路を、伸吾くんとふたりで並んで歩く。今まではそれが普通だったのに、明日からはもうそれすら出来なくなる。わたしは歩みを上げることが出来なかった。
「葉月、具合悪いのか?」
「ううん。違う……。速く歩きたくない……」
「そっか……」
伸吾くんは、いつもわたしたちがさよならをする公園の中に入っていった。
「いいの? 帰り遅くなっちゃうよ?」
「少しぐらいいいだろ。大して変わる訳じゃないさ」
それが、わたしたちができる最後のわがままだから……。