三月白書
「そっか……、葉月も前を向けるようになったんだな」
「それは大袈裟かもしれないけれど、でも、このままじゃダメってのはわたしも分かってるし……」
伸吾くんが引っ越してしまうというショックはもちろんあったよ。でも、それがなかったとしても、いつまでも甘えているわけにはいかないもの。
ちょうどいいタイミングなんだよきっと……。
「そうか、引っ越しですねている場合じゃないんだよな。葉月の挑戦に比べたらさ。応援するよ」
「うん、ありがと……。伸吾君も引っ越し大変だろうけど、気を付けてね。最近一緒に帰れないんだもん……」
放課後の面談とか、伸吾くんもいろいろと準備があるみたいで、最近はひとりでとぼとぼと帰ることも多くなったよね。
「今日は送ってくよ。そうだなぁ。冬休み明けなんかあっという間だもんなぁ」
「うん。そうだね……」
その日はそのまま下校となって、久しぶりに一緒に帰ることができることになった。
「なぁ葉月?」
「うん?」
「ごめんな。葉月にも迷惑かけて」
「ううん……。大丈夫。私も強くならなくちゃ……」
分かっている。本当は考えたくない現実と、伸吾くんに依存しすぎていたわたし。中学校に進級することで、いろいろと変わらなくちゃならないこともたくさんあるよね。
「葉月は偉いよ。ちゃんと自分で次のことを考えるようになった。それってものすごく大切なことだと思うんだ」
伸吾くんにそこまで言われて、なんだか恥ずかしいような、周りからみたときに、わたしがやろうとしていることの大きさというものに気づかされた気がしたよ。
「でも、卒業式までは一緒だもん。それだけでも嬉しい」
「今から学校変わっても面倒なだけだしな」
そう言っているけれど、話を聞けばお父さんが先に単身赴任で行くんだって。
わたしのために卒業式が終わるまで引っ越しを先送りしたと知るのは、もっとあとになってからだったけれど……。
「また明日ね」
「うん、じゃぁな」
いつもこう言ってお別れするのが、通学路の途中にある児童公園。
わたしが振り返ると、その日は伸吾くんがその場所でまだわたしを見送っていてくれている。だからもう一度手を振って、公園が見えなくなってしまう角を曲がった。