二択

美しき君

「え?」

「君なら…選んでくれると思っていたよ」

幾多が振り返り、長谷川に微笑んだ。


と同時に、

凄まじい爆音が、辺りの空気を切り裂いた。


バスのガラスが吹き飛び、車体が一度浮いた。

悲鳴はしなかった。

車内はすぐに、燃え上がり、

中にいた人々がどうなったかは、確認せずとも、

明らかだった。



「美しい」

爆音に驚いて、思わず振り返った長谷川は、

そのまま動けなかった。


そんな長谷川の耳に飛び込んで来たのは、

予想も着かない言葉だった。

「な」

長谷川は、その声で体の緊張が解けて、

幾多の方に顔を向けた。



幾多は、愛しそうに長谷川を見つめていた。

先程から、幾多が浮かべていたうわべだけの笑みとは違った。

しばし…その視線に、長谷川は不覚にも、目を奪われた。



幾多は静かに、口を開いた。

「爆弾は、稼働していた。どうやら、さっきの男は、最初から、みんなを巻き込んで死ぬつもりだったんだろ」

幾多はバスに目をやり、

「…あのバスにいた乗客は、助かることができた。しかし、彼らは選ばなかった。自分のことばかり考え、他の人を助ける行動を示さなかった」


「な」

「だけど…君の行動は」

幾多は微笑み、

「美しい」

長谷川を見つめた。


「…」

あまりの予想外の言葉に、長谷川は何も言えなくなった。



遠くで、警察のサイレンが聞こえてきた。


「フッ」

幾多は笑うと、長谷川に背を向けた。


「ま、待て!」

長谷川は、幾多を追いかけようとしたが、

次の言葉に動けなくなった。


「君の妹さん…知佳子は、残念なことになったね。彼女には、僕の妹も世話になったしね。御悔やみを申し上げるよ」


幾多は歩きだした。


「また会おう…正流」



幾多は道を外れ、山の方へと消えていった。





「…誰だ」

長谷川は、目を見開いた。

自分の名も、妹の名も知っていた。



愕然とする長谷川の後ろでは、

バスがまだ燃えていた。



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