二択
「ここか…」

少し色褪せたマンションの前で、長谷川正流は立ち止まっていた。

普段は、刑事事件や猟奇的殺人事件等を精神鑑定をメインの仕事にしているのだが、今回は違う。

知り合いのご子息を診察しに来たのだ。


診察と言っても、まだ患者であるご子息を見ていないから、何とも言えないが、

父親から聞いてかぎりでは、カウンセリングは必要だとは感じた。

だから、自分よりも、きちんとした医師に診てもらった方がいいと進言したが、父親は長谷川に診てほしいと懇願してきた。

長谷川は精神科医といっても、犯罪者の嘘や内面を探り出すのが、役割であった。

ニ択という…方法を使って。

今回は、いつも使うカードを持ってきてはいなかった。

ご子息に関する情報が、少な過ぎたこともあったが、

大体把握はできていた。

つまりだ。



「どうも、わざわざご足労申し訳ございません。先生」

玄関で、深々と頭を下げる母親に、長谷川も頭を下げた。


「さあ…どうぞ、御上がり下さい」

玄関から廊下を歩き、一番奥が、彼女の部屋だった。

「結花理」

母親がノックしたが、返事はない。

構わずに、母親がドアを開けた瞬間、長谷川は目を細めた。

部屋に溢れるブランドのバッグや、服達。

無造作に置いてある物は、彼女の心情を表していた。

そして、部屋の真ん中で膝を抱えてうずくまる女の小指は、分厚い包帯に包まれていた。

「はあ…」

深いため息をつく女からは、生気を感じなかった。

何を得ても、満たされない。

だから、とめどもなくなる。

なんとか満たされたいから、人は、求める。

例え…満たされなくても。

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