二択
長谷川は訝しげに、結花理を見た後、ドアを開けたまま心配げに様子を伺っていた母親に顔を向けると、頭を下げ、目で合図を送った。

母親は気にはなったが、頭を下げると、ドアを閉めた。

十二畳はある広い部屋に、長谷川と結花理しかいなくなった。

長谷川はもう一度、部屋を見回した。

物に溢れた空間は、とても恵まれているように思えた。


しかし、溢れた過ぎたものにこそ…真実がある。

膝を抱えたままの結花理と目線を合わす為に、長谷川は腰を下ろした。


「今から…簡単な質問をします」

「質問?」

振り向いた結花理と、同じ高さで目が合う。

「ええ」

長谷川は頷くと、優しく見つめながら、言葉を続けた。

「単純な質問です。答えは、2つしかありません」

「2つ?」

「はい」


「…」

首を傾げ、少し考えた結花理は、ちょっといやらしい笑みを浮かべながら、長谷川にきいた。

「やりたくないと…言ったらどうしますか?」

その質問に、長谷川は微笑み、

「それでもいいですよ。やる…やらない。それも、選べます」

困ることもなく、あっさりと質問に答えなくてもいいと口にした長谷川を、結花理はじっと少し睨むように見つめた。

長谷川は微笑んだ。

結花理は少し口調をあらげ、

「やらないと言ったら、どうするの?」


「簡単ですよ」

長谷川は腰を上げ、立ち上がった。

「帰るだけです」

そして、にこっと笑顔を見せた。

「な」

結花理は軽く絶句した。

「あなたの選択は、質問に答えない…。ならば、私がここにいる理由はないですから」

頭を下げ、出ていこうとする長谷川に慌てて、結花理は声をかけた。

「あんた!頼まれてきたんでしょ!患者をほって帰る訳!」


結花理に背を向け、ドアノブに手を伸ばしていた長谷川は、心の中でフッと笑った。

(患者)

結花理は今…自分を患者と言った。

長谷川は振り返ることなく、結花理に言った。

「今回は、ボランティアですので…つまり、タダ働き」
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