二択
病院を飛び出し、犯人が捕まっている拘置所に向かおうとする長谷川。

遺族と会わしてくれるはずがないが、何としてでも会ってやる。警察にも邪魔させない。

怒りが、長谷川を狂わしていた。


その時、唐突に携帯が鳴った。

だけど、出る気にはなれなかった。

無視して、走っているが、いっこうに電話は切れない。

留守電に切り替えていなかったからだ。

しつこい電話が、少しだけ、長谷川を現実に戻した。

携帯の画面を見て、長谷川は足を止めた。

「先生?」

長谷川の脳裏に、坂城の最後の言葉がよみがえってきた。

(何か知っている)

明らかに、坂城は知っていた。事件のことを。

自分が知る前に。

携帯は、鳴り止んだ。


画面を見つめた後、長谷川は踵を返すと、学校へと向かって走り出した。

走りながら、長谷川は坂城のことを思い出していた。

彼の過去を。

あの犯人との接点を。


長谷川は、自分の中の記憶を手繰った。


坂城は、かつて弁護士だった。

それは聞いたことがあった。

死刑廃止論者…少年保護…。



長谷川は思い出した。

弁護士の名前は、覚えていなかったが、

孫を殺された弁護士。


しかし、彼は、遺族の立場よりも、少年を守る弁護士の立場を優先し、

少年の犯行時の精神状態の混乱を証明し、年齢も考慮し、犯人を擁護した。


その行動は、マスコミでも議論を巻き起こした。

遺族であるより、弁護士の立場を貫いた彼の行動に。


学校に着き、坂城の部屋まで走った長谷川は、勢いよく音を立てて、ドアを開けた。

「君らしくないな。ドアは静かに開けなさい」

いつもの書類の山の向こうに、坂城はいた。

「せ、先生…」

まだ息が荒い長谷川を、坂城はじっと見つめ、

「君の聞きたいことは、わかっている。妹さんは、すまないことになった。そうなる前に、本当ならば、私の手で決着をつけなければならなかったのに」
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