二択
救急車に運ばれた坂城は、何とか一命を取り留めた。


数日後、名護は弁護士を、坂城と指名した。

しかし、坂城は入院中だ。

その為、代理として、拘置所の名護に、面会に向かったのは、長谷川だった。

マスコミの混乱を避ける為、裏口から拘置所に入った長谷川は、地味なグレーのスーツに、だて眼鏡をかけていた。

顔がおぼこい為、眼鏡をかけてみたのだ。


驚く程、すんなりの通った拘置所内。

坂城は、自分のもと事務所に働いていた弁護士の了解を取り、彼の名前を借りていた。まだ無名だった彼は、顔を知られてはいない。

「どうぞ…渡辺先生」


通された灰色の部屋。

ここが、長谷川の生涯の居場所になるとは、その時の彼には思いもしなかった。

「へへへ」

狂ったように、笑みを浮かべながら、簡易ディスクの向こうに座る名護を見つめた。

殺意が沸いてくる。

しかし、その殺意を向けてはいけない。

(今…殺すべきは、自分自身だ)

長谷川は、眼鏡を指先で押し上げた。慣れない眼鏡が、少し苛立たせ、逆に冷静にさせた。



「坂城先生!若返ったねえ」

笑みを浮かべながら、前に座った長谷川を見つめる。

馬鹿にしてるのではない。わからないのを、演じているのだ。

長谷川は敢えて微笑み、その件には触れなかった。


しばらく微笑み合う。

長谷川は眼鏡の向こうから、名護の目を見た。

へらへらしている名護の目の奥の鋭さを、長谷川は感じ取った。

(確かに狂っていない)

長谷川は確信した。


無言が続き、何も言い出さない長谷川に向かって、名護は言った。


「坂城先生は、どうしたの?」

その口調の変化にも、長谷川はまだ微笑みながら、

「少し体調を壊されたので、今日だけは私が来ました」

「何しに?」

「あなたを弁護する為ですよ」

ただ微笑む長谷川に、名護は眉を寄せ、

「俺は、坂城先生と言ったはずだけど?」

長谷川は微笑みを止めた。

「なるほど…坂城先生に拘るんですね。どうしてですか?」
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