二択

だけど

「どうですか?少しは…落ち着きましたか?」

鉄のドアを開き、机の向かうで俯く男に、

長谷川正流は、笑いかけた。

「…」

無言の男を見つめながら、長谷川は前に座った。

そして、両肘をつき、身を乗り出すと、

改めて男にきいた。

「落ち着きましたか?佐山さん」




「あっ」

小さな声を上げ…佐山は名前を呼ばれたことに気づくと、やっと顔を上げた。


「先生…」

赤く腫れ上がった目が、佐山の心情を表していた。

「落ち着きましたか?」


「ええ…」

佐山はまた俯いた。両膝に置いた拳を見つめながら、呟くように言葉を続けた。

「落ち着いたといいますか……すべてを失ったのに、まだ…生きている自分に、驚いてます。だけど…」


「だけど?」

長谷川は、かけた眼鏡のレンズの向こうにいる…佐山のすべてを焼き付けようと、集中していた。

そんな長谷川の鋭さに気づかずに、

佐山は震えだした。



しばらく、言葉がでない。





数分後、

佐山の拳に涙が落ちると同時に、

言葉が出た。



「だけど…私には、何もありません。何にも…」




そう言って、ただ涙だけを流す佐山を、

長谷川はただ見つめていた。

何もきかずに。

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