二択
律子は、席を立った。

そして、長谷川を見下ろし、

「先生。少し疲れましたわ。外に出てもいいかしら?」

笑顔できいた。

長谷川も立ち上がると、ノートを机の上に置き、律子に笑顔を向け、

「いいですよ。少し…外の新鮮な空気を吸われた方がいいですから」

長谷川は、律子の横を通り過ぎると、後ろのドアを開けに行った。


「……」

律子は机から離れ、ドアの方に体を向けると、ゆっくりと歩きだす。

「失礼します」

そして、頭を下げた後、長谷川が開けているドアから廊下に出た。

手を前で揃え、背筋を真っ直ぐ伸ばすと、廊下の先だけを見つめ、歩いていく。




「長谷川先生」

ドアの外に控えていた男が、律子の背中を見送りながら、長谷川にきいた。

「彼女はやはり…」

「ええ…間違いありません」

長谷川は頷いた。


机の上に置いたノートには、ある新聞の記事が挟んであった。



育児ノイローゼにかかっていた34歳の主婦。夫の浮気に気付き、夫と浮気相手である女性を殺害。

浮気相手の女性は、加害者の親友であった。

殺害時、一歳の赤ん坊も死亡。

但し、赤ん坊は…加害者が現場に連れてきた為、殺害時の混乱により、あやまって亡くなったものと思われる。



赤ん坊は事故死とされた。

「だけど…」

長谷川は、廊下をゆっくりと歩いていく律子の後ろ姿を見つめ、

「彼女は、もう戻ってくることはありません」

刑事も、律子の背中を見つめ、

「太陽を自らの原因で亡くしてしまった母親は…もとには戻らないでしょう」

「それでは…」

「彼女は、永遠に…彷徨いますよ。自らの心の裏側を」

長谷川は初めて、悲しそうな表情を浮かべた。





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