二択
「先生いいんですか?外に出して!」

廊下にいた長谷川の助手が、叫んだ。

「いいですよ。どうせこの施設からは、出ませんから…」

長谷川は、精神科の医師だった。

「彼女はここから、出ません。閉じ込められていると思い込むことで、何とか生きているのです。帰る場所がなくなったのに…帰らなければならないと思うことで…」


「彼女は、覚えていないのですか?」

刑事の問いに、

長谷川は薄ら笑い、

「人はあまりにも、ショックなことがあると…忘れるといいますが…あそこまでいきますと…」

廊下の向こうで、律子はドアの前で止まった。

「覚えていない…忘れたというレベルではないでしょうね。完全に心を閉ざそうとしていながら、罪の意識がそのことを許さない」

その事実…地獄から助けだし、救うことはできないだろう。

子供を失った母親。どんな薬で治るというのか?

そんな時、精神科医はただ…今ある結果を事例と比較、確認し、報告するだけだ。

長谷川は、無意識に律子の背中に頭を下げた。

< 9 / 157 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop