【コミカライズ】宝くじに当たってセレブな街で契約結婚します!(原題:宝くじに当たってベリーヒルズビレッジの住人になります!)

「ねぇ、おとうさんは?」

あたしは、長姉とは対面のソファに座ってスマホを弄っている下の姉・仁美(ひとみ)に向かって訊いた。

「ん……もおっ、今いいとこなんだからさぁ、話しかけないでよっ」

超絶不機嫌な声が飛んできた。
おそらく、ネット配信のリアリティショーでも観ているのだろう。

彼女は大学卒業後、(株)ステーショナリーネットに就職した。
元は企業向けに文具や備品などをネット通販する会社だったのだが、今では各家庭向けに生活用品全般を扱う「ロハスライフ」も立ち上げ、業績を拡大させている新進気鋭の企業だ。

内ヅラは最悪だが、外ヅラでは周囲に調子を合わせて要領よく立ち回れる次姉は(結婚だけは思いどおりにいかないようだが)、口が軽くてミーハーな性格にもかかわらず人事部に配属されているという。

「それに、なんであたしがあんな人のこと知ってるっていうのよ?」

——おとうさんの姿が見えない、っていうことは今夜もまた「向こう」に行ってる、ってことだよね?


父は不倫しているらしい。
「相手」は社内の人、と見た。
無趣味の父には、そのくらいしか行動範囲がないからだ。

今から何年も前、リビングでテレビを観ていてトイレに立ったとき、廊下の奥にいた父が押し殺した声でケータイでだれかと通話していた。
スマホではない、まだガラケーが主流だった頃のことだ。

ほとんど息だけで話す父とは対照的に、ケータイの向こうの人の声が(なにをしゃべっているかまではわからないが)漏れ出ていた。

煮えきらない父に対して、痺れを切らした「相手」が激昂しているような声音に思えた。

それから幾日か経って、製造部生産サポート課の課長の辞令が出た父は「残業」だと言って、うちで夕飯をすっかり食べなくなった。
そして、休日は「接待」だと言って、(ある日突然買ってきた)ゴルフバッグを持って家を空けるようになった。

母や姉たちがどこまで知っているのかは、あたしは知らない。

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