救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「あやめ先生、昨日も遅くまでお仕事?」

「まあね。待ったなしの仕事でもあるからさ」

「偉い、偉い」

゛まつや特製朝食セット゛を運んで来たのは、あやめと同じ年齢の女性店員。

彼女の名前は゛粟花落(つゆり)なつめ゛。

お互いの胸元にぶら下がる名札を見て

「何と読むのですか?」

と、尋ね合ったのが仲良くなったきっかけだ。

あやめがベリーヒルズビレッジ内の職場で働き始めたちょうど1年前からのつきあいになる。

゛かきつばたあやめ゛

カキツバタもアヤメも同じアヤメ科の花である。

以前知り合った外国人に、『お名前の意味を教えて下さい』と聞かれた際、

『アヤメの2乗です』

と答えた記憶は新しい。

゛親、どんだけアヤメ好きやねん゛

というベタな突っ込みが入ることも多々あるが、響きはいいので比較的あやめは気に入っている。

世の中にはかきつばたよりも珍しい名字は沢山ある。

知ってはいても、実際に会うとかなりの衝撃だった。

それがなつめの名字゛粟落花(つゆり)゛。

『粟の花が落ちて゛つゆり・・・って何故?』

『私も由来なんて良くわからない。何でだろうね』

そう言って二人で笑い合ったのも早1年前。

あやめは頭の中で懐かしい二人の出会いを回想しながら、一人笑った。

「あやめ先生のいるところに事件あり、だもんね。しょうがないよ」

「うーん、自覚はあるから反論できないな。あ、今、つゆりん、変なフラグ立てたよね。ヤバイ、ヤバイ」

あやめが困ったように眉をひそめると、

「出川か!って、ほら、言ってるそばから・・・あの人、めっちゃイケメンだけど、なんか様子が変じゃない?」

あやめの特等席となっている゛まつや゛の窓際の席からは、通りを行き交う人の姿が良く見える。

なつめが指差した方向には、確かにイケメンだが、腰を屈めてつらそうに外灯のポールに寄りかかる男性の姿があった。

「えっ?マジで行くの?あやめ先生・・・!」

「ごめん、お代はここに置いとくね。朝食セットは残念だけど今日はつゆりんが食べて」

そう言って、あやめは考えるよりも先に体が動いていた。
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