救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「・・・ふ、あはは」

呆然とあやめを見送った光治は、思いもよらぬ行動で自分を翻弄する彼女に感動して笑みをこぼした。

「すみません。あやめ先生はいつも意外性の塊なんです」

あやめの友人と告げた女性が、申し訳なさそうに頭を下げた。

「彼女に会ったこともない僕の執事も同じことを言っていました。あなたはあやめ先生とはずいぶん親しいのですね」

光治はちらりと女性の左手の薬指を見る。

そこにはプラチナリングが輝いていて既婚者であることが見てとれた。

光治狙いの声かけではない。

光治は安心して会話を続けた。

「ええ、あやめ先生とは彼女がこちらに赴任してきた一年前からの付き合いなんです。先生が初めてここにいらした時に、実は私、産気づいてしまいまして、たまたま居合わせた彼女に助けてもらったんです」

彼女の名前は粟花落(つゆり)なつめ。

カキツバタと並んで珍しい名前だが、生憎、自分の知人にも同姓がいるので驚くことはない。

゛もしかしたら彼の妹か、嫁か?゛

いや、そんなことよりもせっかくだからあやめ先生の話を聞きたい。

光治は気が急くのを圧し殺して、なつめの話に耳を傾けた。

彼女によると、接客をしていたなつめが突然その場で破水し混乱しているところに、たまたま客としてきていた医師、あやめが適切な対応をしてくれた。

バスタオルをあて、メディカルカーを呼び、なつめを励まし続けたあやめ。

「あんな童顔で可愛い人がお医者さんなんて初めは信じられなかったんですけど、ずっと背中をさすって励ましてくれてどんなに心強かったことか・・・」

「ですが、あやめ先生は外科医ですよね?」

「ああ、今は外科に所属していますが、ここに来る前は数ヵ月~一年のスパンで各科をまわっていたそうですよ。だから分娩もお手のものなんです」

なつめの言葉に、光治はなんとなくではあるが彼女が醸し出す謎の安心感のわけを理解した。

彼女は優秀なだけではない、努力の人なのだと。
< 30 / 101 >

この作品をシェア

pagetop