救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「あやめ様にはお会いになれましたか?」

ニューベリーヒルズに出社した光治に、田中が手作りのフレッシュジュースを差し出しながら話しかけてきた。

「ああ、かろうじて顔は見ることができたよ。話も・・・したといえば、したかな?」

光治は机に積まれた書類の山を見ながらため息をついた。

「書類を見てため息をつくなんて、これまでの光治様からは考えられないことですね」

光治は仕事にのみやりがいを感じて過ごしてきた。

仕事は裏切らない。

成果として目に見えるからこそ意欲が増す。

周囲は結婚を急かすが、生憎、光治は誰かを愛する気持ちも信じる強さも持ち合わせていない。

出れば打たれる。

信じれば騙される。

そんな駆け引きばかりの世界で、光治はただひたすらに目の前のノルマをこなし、満たされない自分の気持ちを誤魔化していた。

「どうしたら彼女の心の中に入り込めるのだろうか?」

ポツリと呟いた光治に、田中はニコリと微笑んで

「自分を知ってほしいのなら、こちらが相手の世界を理解することです。あやめ様が大切になさっていることは何か?まずはそれを知ることから始めるのです」

「だが、知ろうと思っても当の本人に避けられているんだ」

シュンとする姿はまるで叱られた大型犬のようで、仕事の鬼と言われる聖川専務と同一人物とは思えない。

「わかりました。この田中がひと肌脱ぎましょう」

右手の手のひらを左胸にあて、忠誠を誓う姿勢をとると、田中は恭しく頭を垂れた。

忠臣・田中、御年68歳。

これぞ腕の見せ所である、と久しぶりに心が震えた。
< 32 / 101 >

この作品をシェア

pagetop