救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「お名前と生年月日をお願いします」

「聖川光治、昭和×年8月8日生まれです」

゛来月お誕生日なんだ゛

あやめは光治が入院していた時からその事に気付いてはいたが、敢えてスルーすることに決めていた。

患者に深入りしてはいけない。

患者(受診者)と医者という立場は保たれるべき倫理観と道徳観の上に成り立っている。

あやめは自分を戒めながら健診を続けた。

「本日の検査結果も問題ないですね。入院中や外来での検査ほど詳しい検査はしていませんが、今回の血液検査も合格です。頑張っていますね」

あやめは担当患者の経過がよいことを純粋に喜んで微笑んでいた。

「ありがとうございます。あやめ先生の模範患者でいたくて頑張っているんです」

゛誉めて、誉めて゛という大型犬の尻尾が見えるような光治の笑みはメガトン級だった。

あやめの鉄壁の要塞が原因だったのか、入院中、ここまで朗らかに光治が笑うところをあやめも見たことがなかった。

田中曰く、光治は人前でほとんど笑わないらしい。

なつかない犬がどんどん心を開いてくれているようであやめは少し嬉しくなっている自分を自覚していた。

「それでは診察しますね」

田中と同じはずの検査着なのに、光治が着ると別物に見える。

イケメンの成せる技なのか、恐るべし。

あやめは気を取り直し、田中に施したものと同じ手順で、脈を測り、そのあとに頭部、リンパ節、胸部、腹部、四肢の順に触れて触診を重ねた。

診察することに集中するあやめは、その様子をうっとりと光治が見つめていることに気づかない。

光治の入院中は主に腹部を中心に治療と診察を重ねた。

全身を診ていくのが今回の健診のメインだ。

不思議なことに診察が始まるとあやめの中から邪念はすっかり消え去り、目の前の身体に集中する。

何も見逃さない、医師としての信念が彼女をそうさせるのだ。

その事は、あやめに身体をくまなく触られることに至福の幸せを感じている光治には好都合なだけだったのだが・・・。
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