救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
予定より30分早い16時半には健診を終え、あやめは受け持ち患者の夕方の回診と明日の指示入力を終えて医局に戻った。

そこに見ていたようなタイミングであやめのPHSの着信音が鳴る。

「はい、杜若です」

「あやめ様、お疲れ様でございます。私、光治様の執事の田中でございます。今、お時間はよろしいでしょうか?」

「ええ、たった今業務を終えたところです」

「光治様からの友達記念の浴衣をお受け取り頂けるとのこと、心より感謝申し上げます」

断られたら命を絶つなどと脅しておいて・・・と、あやめは田中を責めたくなったが、それもこれも光治を思う親心が成せること。

あやめは、そんな人情話に薄情にはなれず、黙って話を聞くことにした。

「これからお車であやめ様をお迎えに参ります。その後、ニューベリーヒルズの一室で浴衣に着替えて頂き、光治様と一緒に暑気払い会場に向かうことといたしましょう」

徒歩5分の距離のオフィスビルまでの送迎に車を寄越すなんて、庶民のあやめには受け入れがたい親切だった。

「車は不要です。近いので歩いて行けますから。それに、なぜ聖川さんと一緒に暑気払いに向かう必要が?現地集合で十分では」

「お友達・・・ですよね?」

「・・・ぐっ!」

「ようやくできたお友達とご一緒に暑気払いの会に参加することを楽しみにしている光治様に、私の口からはとても期待を裏切るようなことは言い出せません・・・」

祖父に似た儚げな田中執事を悲しませるのはあやめとて不本意だ。

「わかりました。何階に行けばよろしいのですか?」

説得するのをあきらめたあやめに

「オフィスの待ち合いホールにて警備の者にお声かけ下さいまし。この田中がお迎えに参ります」

嬉々として答える田中も可愛いから許そう。

あやめは、すっかり田中と光治に絆されてしまっていることに自分だけが気づいていなかった。
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