救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「あやめ先生、今日は余計なことを言って本当にごめんなさい。先生が聖川専務に選ばれた理由がわかった気がします」

一通り健康に関する悩みについて傾聴したあと、セントヒルズホスピタルの名医を紹介することを約束し女性との会話を終えた。

「これ、私の名刺です」

「橘呉服店・・・?」

彼女の名は西園寺涼香(さいおんじすずか)。

名刺には橘呉服店の゛販売員゛という肩書きが記されていた。

「実は私、父の伝手を頼りに無理やり橘呉服店に勤務させてもらっているんです」

橘呉服店はここベリーヒルズのモール内にテナントを持ち、オフィスビルに本社を構える一流企業だ。

さっきまでの般若のような恐ろしい顔をしていた女性はすっかり鳴りを潜め、今、あやめの目の前にいるのは、照れてモゾモゾと体を捻るだけの可愛らしい女性だった。

「私があやめ先生に言いがかりをつけたのには理由があるんです」

゛言いがかりをつけていることに自覚があったんだ゛と、あやめはそっちの方に驚いて目を見開いた。

「その浴衣・・・」

「浴衣?」

「橘呉服店の若旦那の最新のデザイン。しかも最高級の素材を使った一点ものなんです」

あやめは自分の身に付けていた浴衣をまじまじと見つめた。

確かに素材もよくデザインも素晴らしい。

かなり値段も張るだろうが、聖川家の財力なら購入も簡単なのだろうとあやめは不思議に思わなかった。

「私が若旦那のデザインした浴衣を着ていたから勘違いしてやきもちを妬いたのですね」

あやめの指摘に、涼香は不健康な顔色をパッと赤らめた。

「若旦那があんまり嬉しそうにデザインを描いていたものですから本当にお気に入りの作品なのだと思ったんです。販売されたら一番に購入しますって言ったのに『これは売り物ではない』と断られて。それなのにここに来てみたら堅物王子の連れている女性がその浴衣を着ているでしょ?大切な人はこの人だったのかって思って諦めようとしたのに、何故だか聖川専務とも親しげで・・・」

涼香の顔にほんの少し怒りが戻って来たのがわかった。

「若旦那と他の御曹司に二股をかけるなんて許せない、そう思ってあやめ先生に声をかけたんです」

聞けば彼女なりの理由があった。

ただし、あやめと光治にとっては、とんだ誤解でとばっちりでしかなかったのだが。
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