救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
「私は将来、彼が一人前の医師になったら島の診療所を任せたいと思っている。それが彼の本意でもあるし、何より美智瑠ちゃんの希望でもある」

海原美智瑠。彼女は先月から島の診療所に勤務し始めた看護師歴2年目のナースだ。

先々月までは都心の病院に勤めていたが、急にそこを退職して診療所に勤めることになったらしい。

美智瑠は圭吾の同級生いわゆる幼なじみというやつで、お付き合いをしている彼女というだけではなく、ずっと前から結婚の約束もしていた親密な関係なのだと卓次郎は言った。

「美智瑠ちゃんには病気がちな母親と障害者の妹がいることはあやめも知っているだろう?父親は元気な人だったんだが、先月、不幸にも海の事故で他界してしまった。大黒柱を失った海原家の動揺は激しい。責任感の強い美智瑠ちゃんは゛病弱な2人の家族を置いて自分だけがのほほんと都会で暮らすことはできない゛と言って、島に戻ることを決意したんだよ」

海原家の悲しい現状を知って、あやめも他人事とは思えないくらいに感情移入していた。

「圭吾くんはまだ医大生でしかないが、将来は彼女と夫婦になりこの島の診療所で医師として働きたいと言っている。私はそんな二人の真剣な想いに共感し、出来る限り力になってやりたい」

「・・・」

「幸い私もまだ56歳。身体も健康まだまだ現役だ。圭吾君が一人前になる頃までは十分ここで働き続けることができる」

嬉しそうに笑う卓次郎は、新しく島の希望となった若い医師の卵に思いの外、期待しているようだ。

双方の願いと利害が一致した素敵な話。

しかしこれまで、島の診療所の医師となって父と村の住民を支えていきたいと頑張ってきたあやめの意志はどうなるのか。

捨て置かれる虚しさに、あやめの心はキリキリと痛んだ。

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