気付いたらゴーストでした。
 僕は意を決して、目の前の扉をすり抜けた。

 静かな個室には憂鬱な空気が充満していた。

 右手前方に置かれた白いベッドに、その人の横顔が見えた。

 起こしたリクライニングに体をもたれさせ、すぐ横の、窓から見える景色をただぼんやりと見ている。

 黒く長い髪を一つに結い、死んだ魚のような濁った瞳で虚空を見つめている。

 この人が……お母さん?

 分からなくて、一歩二歩と足を出した。

 今のところ記憶には何の変化も見られない。

 オレは。本当にこの人の子供なのか?

 彼女に近付くと、不意に青白い光の粒が目に入った。

 さっきまではベッドや彼女が死角になっていて気付かなかったが、静子さんのそばに小さな男の子が座っていた。

 ここへ来るまでの間に、エレベーターで見かけたあのおじさんのように、青白い光の粒を身に纏い、覇気のない瞳で僕を見ていた。

 おじさん同様に、死んだ人だ。死んだ少年。

『……だれ?』

 少年は怪訝に眉を寄せ、少し不愉快そうにむくれた。

 誰、と問われても答える術がない。僕は曖昧に首を傾げた。

『ぼくのお母さんに、なんの用?』

 ………あ。

 そのひと言で少年が誰かを察するが、少年は変わらずに僕を睨んでいた。
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