訳ありの檸檬【中学生日記】
 ひんやりとした場所で、レモンは身を固くしていた。
 手に取ってみる。小ぶりながら確かな存在を感じさせる重さだった。

 見ているだけでも匂い立つような、その青い残像。それをそっと、胸に挿し込んでみる。
 居心地が悪そうにしていたけれど、ほんの少し間だけ、レモンはあたし自身になってくれた。
 あらためて自分の姿を鏡に映す。

 なんだろう、全身を走るこの快感。オレではないアタシに、オレの本当の気持ちを託す。
 ストレートに自己表現できるって、楽しい!
 あ、これこそ、小説そのものなんじゃない? でも、やっぱりこれ、作文には書けないな……

 なんか、作文のことなんか、どうでもよくなってきた。


 なにかウツウツしていた気持ちが、吹っ切れたのかもしれない。
 そんな気分になっていたとき、ある考えが浮かんだ。
 
「何食わぬ顔で、このまま町を歩いてみよう」

 そう思い立つと、変にくすぐったい気持ちが抑えられなくなった。
 あたしは明るい町のなかへ飛び出した。
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