訳ありの檸檬【中学生日記】
 それは、歩き出してすぐのことだった。
 遥か向う側から、よく知るクラスメイトがやって来る。
 え?あっ、奈緒だ……
 ヤバッ、女装見つかっちゃう。

 ウソ、奈緒が手を上げた。
 やだ、小走りにこちらに向ってくる……

 オレはきびすを返し、走り出した。
 なんでこちらに走ってくるんだ。そう、心で叫びながら。

 胸のレモンがずり落ちてくる。それを、必死に手で押さえた。
 絶対に落としちゃダメ。まるで爆弾を抱えているように、両手で胸を抑えながらオレは走った。

 勢い余って、爪がレモンに食い込む。爽やかな香りが、鼻をかすめた。

「あ、ブラにレモン染みが付いちゃうじゃん」
 後で母ちゃんにバレやしないか、そればかりを気にして、オレは走った。

 変な汗が吹き出てくる。
 あんまり走っちゃだめ。お化粧が崩れちゃう。

 でも、なんだかアタシ、闇を抱えて走っていたはずなのに、光の中に飛び込んで行ってるみたい。
 すごくいい気持ち……

「ありがとう、奈緒。アタシを追いかけてくれて」
 意味もなくオレは心の中で、そうつぶやいた。
 そして、男の娘(こ)になるにあたり、グッズ協力をさせてしまった母ちゃんにも、感謝していた。



ー終ー
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