どうせ恋は炭酸飲料みたいなもの
1章 桜のが連れてきたもの
はらはらと舞い落ちるピンク色で、可愛らしい桜の花弁が、カーペットのように道路を埋めつくす。
花弁が落ちてから雨が降っていないからか、車が通り過ぎる時の風くらいで舞い上がり、見慣れた道を幻想的な景色へと変えてくれる。
『…………ナっ……ヌナっ!』
一人しか使わない呼び名で呼ばれて振り返れば、一生懸命に走ってくる姿が見えたが、顔を確認する前に視界は突然吹いた風によって乱された髪で邪魔され見えなくなった。
ーーーーキーンコーン、カーンコーン。
突如、響き渡る今の状況に不釣り合いなチャイムの音に、目をつぶり目を開くとーー。
景色はピンク色ではなくなっていた。
代わりに茶色い机とクラスメートの制服が視界を占め、今のが夢だったということに遅れて気づく。
それくらい、香りも見ていたものも現実的だった。
ぼんやりとしたまま終わったばかりの授業の教科書を閉じると、ひらりと桜の花弁が一枚だけ机に迷い込んできた。
視線を開け放たれた窓に向けると、終わりに近づいた桜が風が吹くたびに花弁を舞い散らせていて、私の思考は夢と現実の狭間でふわふわしている。
桜の季節にはいつもそうだ。
匂いと色のせいで、中途半端な記憶に悩まされるから。
声は覚えてる。
なのに、顔と名前が思い出せないという不思議。
けれど、そんなことばかりに気を取られてはいられない。
一日は、嫌でも進んでいく。
「海織?」
呼ばれてはっとして振り向けば、小学校時代からの友人である久世拓真と一ノ瀬世羅が心配そうな面持ちで私を見ていた。
「ん? どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ。今、ホームルーム終わったけど、帰らないの?」
あまりにもぼんやりしすぎていて、先生がホームルームで話した内容すら覚えていない。それどころか、担任の先生はいたのだろうか。
「おいおい、珍しいな。海織がそんなにぼんやりしてるの」
すでに空いている隣の席の机に腰掛けた拓真は、丸フレームのメガネを押し上げた。
「ちょっとね」
「なにか悩みがあるなら言えよ?」
「あ、うん。でも、今回のことは大丈夫だから、気にしないで」
新しく配られた教科書とプリントを鞄にしまいながら立ち上がると、彼は納得した様子はないが頷いた。
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