きみに ひとめぼれ

お土産屋さんを回って、各々トイレに行ったり飲み物を買いに行ったりしていた時だ。

私も飲み物を買って集合場所に戻ると、もう勝見君はそこにいて、一人で空を見上げていた。

背筋が伸びて、いつもより背が高く見えた。


__ここで二人きりって、ちょっと気まずいな、何話していいかわかんないし。

  「あの日のあれってどういう意味?」って聞く?



あの放課後のことを意識してしまうと、なかなか近づけなかった。

でもふと、勝見君が背負っているリュックに妙なものを見つけた。


__何だろう、あれ。


クリーム色の三角形に、真ん中はほんのり黒い。

気になってゆっくり近寄る。

それが何か認めたとき、体がぞくりとなった。



生八つ橋が、勝見君のリュックに張り付いてる。



何とも奇妙な光景だった。

もしかして、さっきお店で試食しまくってた時に、何かの拍子で誤ってくっついたのかな……。


生八つ橋に引き付けられてゆっくりゆっくり歩みを進めると、急に勝見君が振り返った。


「わあっ」と同時に驚きの声が出た。


「なになに、どうしたの?」


 勝見君が何事かと慌てて聞いてきた。


「あ、あの、あの……」


いろんなことが頭の中で混乱していて、言葉が選べない。

私はあわあわするだけだった。

でも、私の人差し指が、きちんと勝見君に伝えたいことを伝えていた。

勝見君はその指先が指し示すものを見つけて、「ああ」とおかしそうな声を出した。


「だまされた?」

「へ?」

「すごいだろ。生八つ橋の食品サンプル」

「え? 食品サンプル?」


「そうそう、ニセモノ。でも超リアルじゃない?

 触った感じもまさに生八つ橋」


「触ってみ」という風に、勝見君はリュックを私の方に向けた。

指で撫でるように触ると、ざらっとした表面の質感も、もちっとした感触まで生八つ橋そのものだった。

「すごいだろ」と得意げに笑った。

私も苦笑いを返す。

勝見君がこういうのを買って付けるって、なんだか意外だった。


「坂井さんは園田に続いて二人目だよ、騙されたの」


にっと笑う勝見君に、私は不服の表情を作って反論した。

だって、私はこんなに胸が苦しいのに、何で勝見君は……


「何でこんなのつけてるの?」

「ん? 何でって……何となく気に入ったから?」


勝見君はさも当たり前のように、不思議そうに笑って言った。

でも私は納得いかない。

こんなものを、「何となく気に入った」で買うだろうか。


「勝見君って、衝動買いとかするんだ」

「え? なんか、怒ってる?」

「別に怒ってないよ」


困ったなという顔で、勝見君は苦笑いをしている。

苦笑いをするときも、勝見君は目尻を下げる。

だから、困っているのに普通に笑って見える。

そう見えるもんだから、私の方も、何がおかしいのよ、と余計腹が立つ。


「衝動買いって……

 俺だってそんなめったにしないけど、でも、そういうことってたまにあるじゃん。

 何となく好きっていうか、直感というか……」
 


そこで勝見君の言葉が切れた。




「……一目惚れ?」




 その言葉にドキッとして思わず勝見君を見た。




__一目惚れ……。



「んー難しいな。理由になってない? 

 とにかく、なんでつけてるのかと言われたら、自分がいいと思ったものは良いからなんだよ。

  別に理由なんかない」



勝見君はそう言い切って満足そうだった。

でも、私はその答えが能天気すぎて、悔しかった。

悔しくて、意地悪なことを聞いた。



「勝見君はいつもそうやって、「何となく」ってふらふらしてるの?」


「え?」と勝見君が静かに問い返す。


「何となく声かけたり、何となく数学教えてくれたり、何となくシュートしてみたり……」



 __何となく抱きしめたりするの?



それはさすがに言えなかった。

ただでさえ、こんな駄々っ子みたいなことを言っているんだから。

こんな姿で、目を合わせることはできなかった。

顔も見られない。

でもわかってる。

きっと勝見君は困っているだろう。


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