きみに ひとめぼれ
坂井さんとは1年の時に同じクラスになった。
「さ」と「そ」で出席番号が前後だった。
だから何かと同じグループになることが多かった。
だからと言ってすごく仲のいい関係かと言ったらそうでもない。
必要なことを話すだけ。
グループ活動やペア活動以外に、僕たちが接点を持つことはなかった。
彼女は控えめで全然前に出るタイプではないし、目立つこともしない。
彼女もまた、僕とタイプが似ていた。
坂井さんが本田のことを好きなことは知っていた。
いつもテニス部のフェンスの前で騒ぐ女子たちから離れたところでじっと見てるんだから、一目瞭然だ。
本田はかっこいい。
何をしていても。
学ラン姿もカッターシャツの着こなしも、テニスをしているところも。
もちろん女子にも人気だった。
笑うとさわやかだった。
僕とは住む世界が違うんじゃないかと思う。
きっとあの男には、僕が見たことない、そしてこれからも見ることのないキラキラした世界が見えているんだ。
坂井さんが憧れるのもわかる。
坂井さんは1年の時から掃除当番が当たると率先してゴミ捨てに行ってくれた。
ゴミ捨て場が遠すぎて誰も行きたがらないのに、一か月の掃除当番の間ずっとだ。
しかもそれを楽しそうにやり遂げていた。
その時たまたま掃除当番が同じだった僕も、何だか悪いなあと思っていたんだけど、結局思うだけで何も言えなかった。
だけどその楽しそうな理由が分かった時、「なあんだ」と気持ちが萎んだ。
坂井さんはゴミ捨てを口実に、チラチラと本田を追いかけていたのだ。
そんな理由でゴミ捨てに行きたがるなんて、女子って変わってる。
でも2年生の夏休みが終わってからは、坂井さんの姿をテニスコートの前で見ることはなくなった。
相変わらずゴミ捨てに行っているみたいだったけど。
いつもせわしなくパタパタとテニスコートの前を走り去る。
その理由はすぐにわかった。
坂井さんは、本田にフラれてしまったようだ。
坂井さんを含めた女子たちがそう言っていたのだから、確かな情報だ。