きみに ひとめぼれ

ようやくチャイムが鳴ってテストの終了を告げた。

後ろから裏返しにされた解答用紙が回ってきた。

それを受け取って前に回すと、俺は思い切り伸びをした。

隣の列の一番前に座る園田と目が合った。

首をかしげてテストの自己評価を伝えてきた。

俺はそれに苦笑いで返す。

さあ、部活部活、と立ち上がろうとしたとき、背中をとんとんと叩かれた気がした。

背筋が過剰反応を示す部分をピンポイントで触れられたから、くすぐったくて体が変な動きをした。

驚いて上半身を後ろにひねると、俺の肩越しに、坂井さんの顔があった。

ものすごい近い距離にあって、本当は飛びのくところなんだけど、俺は動けないでいた。

俺を見るその目に、吸い込まれそうだった。


「あ、あの、襟がおかしいよ」


 彼女のその一声で我に返った。


__ああ、さっきふざけてた時に……


そんなことをとっさに思い出しながら、自分の首元に手を持っていこうとした。

だけど、俺の手よりも先に、坂井さんの右手が近づいてきた。

彼女は自分の机から身を乗り出して、そっと俺の左襟に触れた。

さっきよりも体の距離がほんの少し近づく。

襟がそっと直されていくのが分かった。

すうっと首筋を走る彼女の指先の感覚に、喉がゴクリと鳴った。

顔のすぐそばにある彼女の髪から、微かに甘い香りが漂ってくる。

感じたことのないふんわりとした空気。

柔らかそうな細い髪の毛が、夏の日差しにキラキラと反射して、ほんの少しだけ茶色く見える。

扇風機のわずかな風が、そのさらさらとした髪をすくいとっていく。


__触りたい。

  この頭に、そっと手を置いてみたい。


俺はなんだか変な気分になる。

心臓が早く脈打つ。

グラウンドを走った後の爽快な心拍とは大違いで、胸が締め付けられるような、痛いドキドキ。


「はい、これでいいかな」


離れていく彼女の姿を目が追いかけた。

俯いた彼女の表情は読み取れない。

俺はふつふつと湧き上がっている感情に、もう気づいていた。

女子免疫のない男子が、こんな些細なことで舞い上がっているだけかもしれない。

有頂天になっているだけかもしれない。

勘違いかもしれない。

でも、俺だって17年生きてきて、この感覚には出会ったことぐらいある。

思い当たる気持ち。

だけど、いつもと違う。

久しぶりの感覚なのに、初めての感覚。

頭が、混乱する。

それにしても、こんなに心臓が早く動いただろうか。

こんなに顔がにやけてくるものだっただろうか。


「ありがとう」


彼女に礼を言うと、ようやく目が合った。

その瞬間もまた、甘酸っぱくてこめかみ辺りが痛くなる。


 これが、恋の味。


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