きみに ひとめぼれ
「おい」
聞き覚えのある声に、俺はそちらを見ずに返事をした。
「ああ?」
「何やってんだよ。部活行くぞ」
「なあ、園田」
「ん?」
「俺って、掃除当番じゃないよな?」
「うん」
即答かよ。
「やっぱりそうか……くっそー、広瀬のヤツ……」
「部活、行かないの?」
こんな状況で、部活のことなんて考えられなかった。
どんな時もサッカーだけはやっていたのに。
今は、それどころではない。
そんな俺とは裏腹に、本田は女子の声援に囲まれながら楽しそうにテニスをしている。
「テニス部ってさ、華やかだよな」
テニスコートの近くを毎日通って部室に行っているのに、そんなことを今さらながら知った。
「本田は、やっぱりかっこいいな。モテるし」
そんな複雑なことも。
「なんだよ、それ。お前も本田に惚れてんのか?」
「まあ、惚れるわな」
冗談のつもりだけど、今は笑えない。
「坂井さんも……」
ぽつりと小さく出た彼女の名前を、風がひゅーっと音を立ててさらっていく。
「坂井さんは、まだ本田のことが好きなのかな?」
そんなこと、園田に聞いてどうするんだよ。
自分で聞いておいて、ふっと笑いがこみあげてくる。
「そんなの、知るかよ。もう部活行くぞ」
園田はイラついた声をぶつけて俺のもとから去っていった。
俺はその後ろ姿を横目でそっと見つめた。
「そんなの、知らないよなあ」
女子たちの歓声に紛れて、大きな独り言を空に放った。
__「勝見君には関係ないじゃん」
その独り言の返事のように、坂井さんのさっきの一言がチクリと思い出された。
そうだな、知る必要もないよな。
だって、俺たちの間には何もないんだから。
一体、俺に何ができるというのだ。
何を手伝う気でいたんだ。
彼氏でもなければ、友達ですらなかった。
本当に、「関係がない」。
告白だって、できないくせに。
でも、「関係ない」はないだろ。
いろいろすっ飛ばして、抱きしめるとこまでいったんだから。
坂井さんだって……。
俺は坂井さんと過ごした日々を思い返した。
それは、奇跡のような甘い日々。