きみに ひとめぼれ
いつもは教室で授業をしているけど、今日は生物室でグループになってショウジョウバエをじっくりと観察することになった。
真ん中に置かれたガラスケースの中に、ショウジョウバエが何匹か飛び回っている。
それを四人の高校生がじっと目で追いかけている。
なんともシリアスな光景だ。
動き回るショウジョウバエを目で追いながら、つい彼女の方にチラチラと視線が行く。
ショウジョウバエなんて追いかけている場合ではない。
いつの間にか、俺はショウジョウバエじゃなくて、坂井さんだけを目で追っていた。
偶然彼女と目が合うと、何事もなかったかのようにふっと目をそらした。
だけど、心臓はかなりうるさかった。
俺はレポートを書き終わって、頬杖を突きながら彼女をちらりと盗み見る。
横髪がさらりと落ちて、彼女の顔を隠した。
そのふわりと流れる髪に触れたい。
耳にかけなおしてあげたい。
手を出したい衝動が抑えられない。
だからなのか。
俺は無意識に声をかけていた。
「ねえ、見せて」
彼女の驚いた目が俺をとらえていた。
自分で放った言葉のはずなのに、まるで自分の言葉じゃないようで俺自身も驚いた。
「あ、その……、絵」
俺は彼女の手元に隠れたプリントを指さした。
「え……、い、いやだよ」
彼女は本当に困ったように断った。
「俺のも見せるし」
つらつらと言葉が出る。
まるで俺の口ではないようだ。
彼女は首をぶんぶん振って拒否する。
あまり困らせて嫌われたくもないので、早々に俺は引き下がった。