きみに ひとめぼれ
レポートはとっくに書き終えているので、終業のチャイムが鳴ると同時に席を立った。
その時、「ねえ」という小さな声とカッターシャツにかかる重みに、俺の足は引き留められた。
声の方に目をやると、彼女が机から身を乗り出して、俺のカッターシャツの袖を引っ張っていた。
「あの……、見せても、いいよ」
袖を引っ張る手にはものすごい力がかかっているのに、俯いたままの彼女の声は微かにしか聞こえない。
「え?」
「絵、見せるよ。その代わり……」
「俺のも見せる?」
「そうじゃなくて……」
としかめっ面がこちらに向けられた。
不意に合った視線に、また心臓が激しく動き始めた。
「数学の宿題、当てられてるんだけど、教えてくれない?
勝見君、数学得意なんでしょ?」
目をそらして話す彼女の声はどんどん小さくなる。
そして「はい」と裏向きにしたプリントを俺に手渡す。
それをするりと彼女の手から引き抜いて、代わりに自分のプリントをその手に置いた。
「いいよ」
そう言った声は、微妙に震えていた。
「せーの……」もなしに二人同時にプリントをめくる。
そして、二人同時に笑う。
「ははっ、下手すぎ」
彼女は遠慮なしに言う。
彼女の絵もまた、
「そんなに変わんないじゃん」
二人で笑いあっているその時間はとても穏やかなはずなのに、俺の心拍数はとんでもなかった。