きみに ひとめぼれ

レポートはとっくに書き終えているので、終業のチャイムが鳴ると同時に席を立った。

その時、「ねえ」という小さな声とカッターシャツにかかる重みに、俺の足は引き留められた。

声の方に目をやると、彼女が机から身を乗り出して、俺のカッターシャツの袖を引っ張っていた。


「あの……、見せても、いいよ」


袖を引っ張る手にはものすごい力がかかっているのに、俯いたままの彼女の声は微かにしか聞こえない。


「え?」

「絵、見せるよ。その代わり……」

「俺のも見せる?」

「そうじゃなくて……」


としかめっ面がこちらに向けられた。

不意に合った視線に、また心臓が激しく動き始めた。


「数学の宿題、当てられてるんだけど、教えてくれない?

 勝見君、数学得意なんでしょ?」


目をそらして話す彼女の声はどんどん小さくなる。

そして「はい」と裏向きにしたプリントを俺に手渡す。

それをするりと彼女の手から引き抜いて、代わりに自分のプリントをその手に置いた。


「いいよ」


そう言った声は、微妙に震えていた。


「せーの……」もなしに二人同時にプリントをめくる。


そして、二人同時に笑う。


「ははっ、下手すぎ」


彼女は遠慮なしに言う。

彼女の絵もまた、


「そんなに変わんないじゃん」


二人で笑いあっているその時間はとても穏やかなはずなのに、俺の心拍数はとんでもなかった。


< 7 / 166 >

この作品をシェア

pagetop