溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
っかり転びそうになったわたしをしっかりと支えてくれた和也くんは、おかしそうに笑った。

「もう、笑わなくてもいいじゃない」

「悪い。でもそういうところが好きだから、仕方ないだろ」

「もう!」

 そんなこと言われたら、これ以上怒ることなんてできない。

 わたしはふくれっ面を作ろうと思ったけれど、どうにも頬が緩んでできなかった。

 結局わたしはニコニコしながら和也くんと手を繋いで歩いた。

 りんご飴と焼きそばを持ったわたしと和也くんが人混みにまぎれてやっとのことでたどり着いたのは、一軒の老舗割烹旅館だった。河川敷のどこかで見ると思っていたわたしは驚き、キョロキョロしながら案内された部屋に入って、もっと驚くことになる。

「わ~ここって、花火が正面から見られるんじゃないの?」

「ああ。特等席ってやつだな。いい部屋でよかった」

 窓辺に立って感嘆の声をあげるわたしの隣で、和也くんは満足そうに微笑んだ。

 案内された部屋はふたりで使うには広すぎるくらいで、床の間には鮎の描かれた掛け軸が掛けられており、部屋の脇机にはひまわりの花が活けられていた。

 窓辺には花火を見るにはもってこいの籐のソファが並べられていた。

「和也くんと花火を見られるだけでうれしいのに、まさかこんな素敵な場所でふたりっきりだなんて思ってもみなかったから。急だったのによく準備ができたね」

 おそらくこれだけ目の前で花火を見られるのだ。この宿は人気のはず。

「まあ、日頃から贔屓にしてるとこういうときは融通が効くからな。それでも一カ月前には予約してたけどな」

「そんなに前に? ひと言言っておいてくれれば、もっと準備できたのに」

 もし一カ月前にその話を聞いていたら、きっと今日までの間ずっとハッピーに過ごせたに違いない。

「たしかに急に誘ったのは悪かった。でももし仕事でキャンセルになったら、瑠璃をがっかりさせるだろ? それならサプライズくらいのほうがいい」

「……たしかにそうかも」

 和也くんの言う通りだ。もし約束がダメになってしまったら、きっと泣いてしまう。
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