溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 結局あれこれ話をしていて……といっても、和也くんの小さい頃の話ばかりだけど……遅くなってしまった。

 昌美さんと色々とお話できて有意義な時間を過ごすことができて満足だ。しかし思ったよりも時間がかかったため、和也くんはもう仕事を終えて帰ってしまったらしい。

「ごめんなさいね。わたしが引き留めたせいで」

「いえいえ、わたしも楽しかったですし、しかもわざわざ病院に連絡してくださって、和也くんがいるかどうか確認まで、ありがとうございます」

「いいのよ。また会いましょうね」

「はい! 今日はありがとうございました」

 わたしが頭を下げると、昌美さんは笑顔を浮かべて手を振ってくれた。

 和也くんと入れ違いになったので駅に向かって歩きながら、彼のスマートフォンに電話をかける。

 呼び出し音が鳴りはじめてすぐに向かいの歩道に、男女ふたりの人影が見えるのに気がついた。その男性は間違いなく和也くんだ。

「あ、和也く……えっ」

 わたしが声をかけようとした瞬間、和也くんが隣にいる女性の肩を抱いた。

「え、なんで?」

 理由を聞こうにも和也くんは電話に出てくれない。わたしがもう一度電話をかけると、わずらわしそうにポケットからスマートフォンを取り出した。そしてディスプレイを確認するとそのまままたポケットにしまった。

 え、どうして? 今、絶対わたしからの着信だってわかってたはずなのに。

 こうなったら追いかけて話を聞くほうが早い。わたしは少し先にある横断歩道に向かって走り出した。

 けれどたどり着く前に、和也くんと女性はタクシーに乗って走り去ってしまった。

「嘘……だよね」

 いったい目の前でなにが起こったのか理解できない。なにか理由があるのだろうが、和也くんが女性と車に乗り込んだのは事実だ。しかもしっかりと女性の肩を抱いて。

 そのとき昼間の君島先生の言葉が頭の中に思い浮かぶ。

『それって、浮気じゃないの?』

 慌ててその言葉を振り切った。

 和也くんに限ってそんなはずない。そうは思うものの負の感情が消えてくれない。

 わたしはマンションで、彼の帰りを待つことにした。

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