溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
「お大事に。お薬ちゃんと飲んでくださいね」

 午前最後の患者さんを見送ると、わたしは診察室の片付けに向かった。和也くんはなにやら英文で書かれた資料を読んでいた。

「なんですか? それ」

「お前が聞いてわかるなら、言うけど?」

「いえ、結構です。お邪魔しました」

 おそらくあれこれ説明されたところで、ほとんど理解できないに違いない。貴重な和也くんの時間を無駄にはできない。そのあたりはわきまえているつもりだ。

 和也くんはまた資料に視線を落とす。

「あっ」

 わたしが思わずあげた声に、和也くんは不機嫌そうに眉を寄せた。

「おい、まだなんかあるのか?」

「いや、あの……ちょっと気になることがあって。全然たいしたことないから、いいや」

「は? そこまで言っておいて言わないとかないだろ? さっさと話せ」

 そんなふうに言われると話さないわけにはいかない。わたしは昨日の疑問を彼にぶつけた。

「和也くんはどうして、実家の病院じゃなくてこのクリニックを引き継いだの?」

 わたしが質問したとき、一瞬だけ和也くんの動きが止った。他の人なら気がつかないだろうけれど、わたしは違う。彼のちょっとした変化には敏感なのだ。

「別に。世話になった叔父が困ってたから、やろうって思っただけ」

「でも、もとの病院や実家の病院のほうが、和也くんのやりたい研究がやりやすいんじゃないかって思って――」

「たしかにそうかもしれないな。でもいずれにせよ、お前には関係ない話だ。それにお前、俺がここからいなくなってもいいわけ?」

「いや、困る! 困るけどっ」

 和也くんは手に持っていた資料をトントンとデスクで揃えると、その場で立ち上がった。そしてこの話はもう終わりだとばかりに診察室から出て行く。

「えっ? 和也くん……」

 それ以上話しかけられる雰囲気でもなく……。わたしは腑に落ちないまま諦めて、診察室の片付けを続けた。
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