溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 午後からは往診に向かう。今日は川久保豊美(かわくぼとよみ)さん宅、そう、那夕子さんのご自宅に訪問するのだ。豊美さんは那夕子さんの旦那様のお祖母様だ。

 いつもは那夕子さんのご自宅なので、彼女が介助にあたるのだが、今日はおなかの赤ちゃんの定期検診があるので、わたしが代わりにやってきたのだ。

「あ、あの……ここって、個人のお宅なんですかっ?」

 ものすごく広大な敷地に豪華なお屋敷が見えて、わたしは驚いて和也くんに尋ねた。

「はぁ? なにバカなこといってんだ? まぁ、無理もないけどな。こんだけでかけりゃ。川久保製薬、知ってるだろ?」

「はい、もちろんですよ」

 この業界にいれば、いやこの業界にいなくても誰もが知っている国内大手の製薬会社だ。

「ここの創業者一族が住んでる。那夕子さんはここの御曹司と結婚したんだ」

「え~、そうだったの? そんなふうに見えないっ」

 那夕子さんは控えめだけれど、しっかりしていて看護師としてのスキルも高い。いわゆるお金持ちの世界にいる女性と少しイメージが違う。

「羨ましいか?」

「んーどうだろう、好きな人と結婚できたことは羨ましいですけど。でもお金云々はどっちでもいいかも。色々面倒なことも多いだろうし」

「たしかに、そうかもな。ほら、無駄口叩いてないで行くぞ」

 往診用のバッグを持って歩き出した和也くんの後を、わたしは慌てて追いかけた。

 家の中は大正時代の洋館を彷彿とさせるようなレトロな雰囲気があった。目的の部屋にたどりつくまでわたしは終始キョロキョロしていた。

「顔色よさそうですね」

「ええ、とっても。那夕子ちゃんがよくしてくれるからね……あら、そちらの方は?」

 和也くんは部屋に入るとなれた様子で診察の準備をはじめた。慌てて手伝いに入ったわたしに、豊美さんが声をかけた。

「はじめまして。今度中村クリニックで働くことになりました。山科瑠璃です」

 手を動かしながら、にっこりと笑顔を見せる。

「ああ、あなたが。那夕子ちゃんから話は聞いてるわ。ねえ、中村くんを追いかけてきたって本当?」

 前のめりになった豊美さんを、和也くんがたしなめる。
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