溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 静かな診察室。
 ドクターと、受付の真鍋さん。それから患者さんに那夕子さんと呼ばれていた女性もいた。ネームバッジには、「川(かわ)久(く)保(ぼ)」と書かれていた。
 聞こえるのは、わたしの目の前にいる白衣のドクターのため息だけ。
 明らかにがっかりした表情を浮かべるその人は、中村和(かず)也(や)三十六歳。ここ中村クリニックの院長だ。
「はぁ……」
 もう一度彼が大きなため息をつく。しかしその物憂げな顔も、なかなかもってわたしの胸をときめかせるので、たまったものじゃない。
 はっきりいってどんな顔をしたって、そのカッコよさは失われない。
 身長一八九センチ。すらりと伸びた長い足を持て余すようにして座っている姿なんかも最高にセクシー。さらりとした髪はいつも綺麗に整えられていて、少し長めの前髪から覗く意志の強そうな眉と、切れ長の瞳に見つめられた日にはおそらく病が治るどころか、ますますお熱を上げてしまいそうだ。
 そして少し低めの掠(かす)れたハスキーボイスも彼の魅力のひとつ……。
 なぜここまで彼を絶賛するのかと聞かれれば……わたしはもうずっと目の前の彼、和也くんに恋をしているからだ。
 ――まぁ、超絶な片思いなんだけれど。

「先生、まだ履歴書ちゃんとご覧になってなかったんですね。こちらの方とお知り合いなんですか?」

 ぼーっと和也くんの顔に見とれていたら、わたしの後ろに立っていた真鍋さんが和也くんに尋ねた。たしかにため息なんて、ふつうは面接のときにはつかないから、それで気がついたのだろう。

 真鍋さんの質問に、和也くんはわたしの方をチラッと見て口を開いた。

「こいつは、俺のストーカー」

「す、ストーカー!?」

 真鍋さんと川久保さんの方を振り向くと、ふたりとも目を見開き驚いた表情でこちらを見ている。

「な!? なに言って、え?」

 これはまずい。急いで誤解をとかなくては。

「違います。ストーカーなんかじゃないです! 昔からの知り合いです」

 慌てて目の前で手を振って、否定するが彼女たちの視線が突き刺さる。

「和也くん、ひどい。ストーカーは言いすぎじゃない?」

「和也くん!」

 背後にいた真鍋さんが、またもや驚いた声をあげてわたしの肩に手を置いた。診察用の回転椅子に座っていたわたしは、彼女によって椅子を回されてぐるっと向きを変えられた。
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