溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
「ああ、俺は君島翔平(きみじましょうへい)

「君島さん! 思い出しました」

「ありがとう。よかった。完全に忘れられてたら、俺ここで倒れて瑠璃ちゃんに人工呼吸してもらわないといけなかったな」

「る、瑠璃ちゃん?」

 いきなり下の名前で呼ばれて驚いてしまう。今日は今までの人生で経験していなかったことばかり起きる。

「そう、だって山科さんだったら妹さんと間違えちゃうかもしれないでしょ?」

「ああ、たしかに」

 そういうことか。なんか変に意識して恥ずかしい。大人になって下の名前で男性に呼ばれることもあんまりないしな……。和也くんなんか「お前」とか「こいつ」だもん。

 なんだか切なくなったわたしは、目の前にあったビールをごくごくと飲んで、それをごまかした。渋々とはいえ、せっかく来たんだから楽しもう。

「瑠璃ちゃんは、医療関係の仕事してるって言ってたけど、もしかして看護師さん?」

「あ、はい。どうしてわかったんですか?」

「いや、最も人口が多そうな職業を言っただけ」

「ああ、そっか。たしかにそうかもしれないですね」

 納得してうなずいていると、君島さんの隣に座ったすでに酔っ払っている男性が、彼の肩をぐいっと引き寄せた。

「おねーさん、こいつも医療従事者ですよ。な、ん、と! お医者さまでーす」

 赤ら顔の男性は、女性陣みんなに聞かせるようにして発表する。

「え~お医者さまだったんですかぁ? すごーい」

 女性たちから、黄色い声があがる。完全に彼に注目が集まっていた。

「別にすごくなんかないよ。どこにでもいるでしょ?」

 にっこりと女性たちに笑顔を見せると、「きゃあ」と小さい悲鳴が聞こえた。

 でもわたしは聞いてしまった。

 君島さんが隣の男性がまわした腕を強引に引き剥がし、すごく怒った様子でその男性の耳元で「覚えてろよ」と囁いたのを。そしてそれまで酔っ払って赤ら顔だった男性の顔が一気に青ざめたのも。

 ふたりの様子をじっと見ていたら、ふいに君島さんがこちらを見て微笑んだ。

「あはは……」

 愛想笑いをして、目の前にある料理に集中した。

 それからは時折まわりに合わせて相槌を打って、ひたすら美味しい料理に集中する。腕時計をチラチラ気にしていると、横から声がかかった。
< 44 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop