溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 そう言った和也くんが、君島先生との間に割って入る。そしてわたしの顎に手を当ててくいっと上に向かせた。

 こ、これは……もしかして、顎クイというやつでは……っ!?

 わたしはさっき君島先生にされたときよりも、もっと……耳まで顔が赤くなるのを感じた。

 しかし和也くんはそんなことお構いなしだ。真剣な医者の目をしている。

「別にどうってことないな」

「え、あ、うん。だからずっとそう言って……ぐふっ」

 わたしの顎にあった和也くんの手が、ぐいっとわたしの両頬を掴んだ。唇がタコのように突き出すような形になる。

「あはは」

 その顔を見て、和也くんが声をあげて笑う。

「えっ……ひどい」

 勝手にやっておいてそれはない。抗議しようとするけれど、和也くんはなおも笑いながら、さっさと診察室の中に入っていってしまった。

 君島先生も笑いながら、その後をついていく。

「もう、みんなひどいんだからっ……痛い」

 まだコンタクトレンズがずれたままだ。わたしは急いで更衣室に向かい、ロッカーにおいてあるバッグから目薬を取り出した。

「あぁ、生き返った」

 ふたりからの強引な診察の間ずっと我慢してきた目の痛みが、ゆっくりと引いていく。目の違和感もなくなってほっとする。

「大丈夫?」

「あ、はい。目薬指したので本当に平気です。君島先生が大騒ぎするから……」

 もともとたいしたことはなかったのだと、説明する。

「そっかそっか。よかったね……でも、出勤してきたときはびっくりしたな」

「びっくりって、どうしてですか?」

 真鍋さんの言葉にひっかかる。

「だって……朝っぱらからいきなりキスシーン見せつけられるとは思わなくて、一気に目が覚めたわよ」

「キ、キスシーン!?」

「そう、入口から見ると瑠璃ちゃんと君島先生がキスしてるみたいに見えたのよ」

「な、なに……そ、そんなはずないじゃないですか! わたしは和也くん……じゃなかった、中村先生一筋なんですから」

 わたしは思いっきり、力の限り否定した。

「わかった、わかった。瑠璃ちゃんが中村先生大好きなのを知ってるからびっくりしたんだって。君島先生が強行突破したのかなって」

「なんで、そんな必要があるんですか?」

 ますます意味がわからない、強行突破とはどういう意味だろう。

「ああ、いいのいいの。気にしないで。ほら、早く行こう」

 ごまかしたような真鍋さんに急かされて、わたしは仕事をはじめたのだった。
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