溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
「あー重い」

 背中でのんきに眠る瑠璃は、さっきから一向に起きる気配がない。

 レストランで眠ってしまった瑠璃をタクシーに乗せたまではいいが、近くまで来たものの家がわからずおぶって歩く羽目になった。

「こんなことなら、前回家の真ん前まで送るんだった」

 遠慮した瑠璃がコンビニで降ろせというのでそうしたが……今更後悔しても遅い。

 本人曰く駅からはそう遠くないと言っていた。履歴書にあった住所を思い出しながら、夜の住宅街を瑠璃を背負ったまま歩く。

「なんでこんな目に遭うんだ……うおっ」

 文句を言ったのを聞いていたのか、瑠璃が俺に回している腕に力を込めた。

「おいおい、暴れるなよ。落とすからな」

 もちろんそんなつもりはさらさらないけれど。

「えへへ、和也くん……」

「なんだ? 起きてるのか?」

 返事がないまま、また寝息を立てはじめた。

「はあ……こんなだから放っておけないんだよ」

 はじめて出会った日の瑠璃は体全体で悲しみを表現していた。今にもいなくなってしまいそうな彼女に思わず声をかけた。

 けれど彼女は強くしなやかだった。自分の力で立ち上がって新しい人生をしっかりと歩いている。それを彼女は〝俺のおかげ〟と言うけれど、それは違う。すべて彼女の努力あってのことだ。

 俺はたまたまそのタイミングで彼女と出会っただけ。それ以上でもそれ以下でもない。それよりも彼女の天真爛漫さに何度笑顔にさせてもらったことか。

『いきなり、彼氏面ですか? ずっと瑠璃ちゃんの気持ち無視してたくせに』

 君島の言葉が思い出された。あいつの言う通りだ。

 瑠璃のことを受け入れることも、突き放すこともできない自分が悪い。

 大きなため息をついたとき【山科】という表札を見つけた。
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