お父さんじゃダメなの?
「ねぇ、はるくん、お願い……してもいい?」

「は? お前……俺、今、言ったよな? 頼み事ばかり言うなって」

主人の口調は、もう元に戻っている。でも、そんなことはもうどうでも良かった。だって、主人が……はるくんが、今も、私を思ってくれてるって分かったんだもん。

「でも、して欲しいの。
 はるくんに……キス……」

主人の背中がピクンと揺れた。

そして、主人の腰に回した私の手に、主人のゴツゴツと節くれ立った手が重なった。

そりゃあ、初恋の人に会えば、懐かしいとも思うし、仲良く会話ができれば嬉しいと思う。でも、私が20年以上、寄り添って生きてきたのは、主人なんだから。

主人は、私の手を解き、ゆっくりと振り返る。私は、主人を見上げて、そっと目を閉じた。

「なつみ……」

久しぶりに触れる主人の唇は、あの頃と変わらず、柔らかかった。

もう、お父さんって呼ぶのはやめよう。
子供たちもいないんだし。

あの頃のように2人で仲良く生きていけたら……

でも……

「ふふふっ」

「何だよ」

唇が離れた途端に笑い出した私を、不満そうに主人が見つめる。

「違うの」

「何が」

主人の口調はとても不機嫌だ。

「あのね、
 ……はるくん、大好きだなぁって思ったの」

私がそう言うと、主人は一瞬にやけた口元を必死で抑えようと変な仏頂面をする。

「何だよ」

「だからね、もう子供たちもいないし、お父さんって呼ぶのはやめようって思ったんだけどね」

「ああ」

「でも、あと数年して、子供たちが結婚して孫ができたら、今度はおじいちゃんって呼んでるのかな…って思ったら、おかしくて……」

「くくっ」

仏頂面の主人から、笑みがこぼれた。

「そしたら、なつみはおばあちゃんだぞ?」

「うん。でも、それも楽しいかなって思うの。孫がいて、おじいちゃん、おばあちゃんって呼び合って、でも、嵐が去るように孫たちが帰ったら、また、はるくんに戻るの。この先、ずーっと、2人で一緒に生きていくんだなぁって思って」

その瞬間、私は主人に抱き寄せられた。

「なつみ、今まで一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくな」

昔とは違い、主人の広い胸を感じる前に、クマさんのようなぽっこりお腹が、胸のすぐ下に当たる。それでも、私はやっぱり、主人が好きなんだ。

「うん。こちらこそ」



 その夜、私たちは、久しぶりに2人、とてもとても仲良く過ごした。

もしかしたら、お互いの愛を確かめ合った今日は、私たちの2度目の結婚式なのかもしれない。


ね? お父さん。

くすくす……
ごめん、違うよね。

大好き、はるくん。


─── Fin. ───


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